ルパン三世


最高にイカしてたゼ!
モンキー・パンチさん!



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造幣局のナラノヤエザクラ(2)


今年2019年も行って参りました。

ナラノヤエザクラは。。。。





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咲いていませんでした。


昨年はサクラの開花が非常に早かったため「桜の通り抜け」の時期にいい感じに咲いていたのですが、今年はこれまでどおり蕾です。

昨年の記事では、通り抜けエリアにあるサクラのうち、奈良で生まれたとされる品種として、ナラノヤエザクラ(奈良八重桜)、ヨウキヒ(楊貴妃)、カスガイ(春日井)の3種を紹介しました。→
ところが春日井だけ撮り損ねたため、今年は最優先で撮りました。



春日井
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春日井は、もとは奈良・春日山の麓にあったサクラだそうです。





この造幣局(大阪)の「桜の通り抜け」の管理指導をしたのは、「桜博士」こと笹部新太郎氏。
その笹部氏ゆかりの「笹部桜」も咲いていました。


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昨年の強力な台風で通り抜けのサクラの何本かがダメになったそうですが、今回は新種が紹介されていました。


新種のサクラ “御座の間匂” [ござのまにおい]
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「花に香りがあり、花弁数は10~15枚ある。」(説明版)



ソメイヨシノとは違うのは分かりますが、植物オンチにとってどれも同じに見えてしまうのでありました。。。


悲しみの帰京・大伴旅人


大伴旅人[おおともの たびと]は一般には酒を愛する歌人として知られていますが、それだけではありません。
奥さん思いの人でもありました。

新元号「令和」ゆかりの梅花の宴の舞台は、現在の福岡県太宰府市にあった旅人の屋敷とされています。
宴会が開かれたのは天平二年(730)一月十三日で、その2年前の神亀五年(728)の初めごろに、大宰帥[だざいのそち]として妻・大伴郎女[おおとものいらつめ]を伴って大宰府へ赴任しています。
旅人は64歳前後で、当時としてはかなり高齢。
奥さんもそれなりの年齢だったでしょう。
住み慣れた佐保山(現在の奈良市法蓮町あたり?)の大伴邸を離れて、大宰府への長旅。
瀬戸内海を行く海路だったと思います。
そして大宰府に着いてから間もない神亀五年四月初旬、奥さんが現地で病気で亡くなります。
旅の疲れが祟ったのかも知れません。


梅花の宴では参加者によって32首詠まれましたが、後日、詠み人が旅人と思われる4首が追加されました。
そのうちの2首が妻を偲ぶもの。

  雪の色を奪いて咲ける梅の花今盛りなり見む人もがも (5-850)
  我がやどに盛りに咲ける梅の花散るべくなりぬ見む人もがも (5-851)

亡き妻と一緒に梅の花を見ることができたら、どんなに良かったことか。。。。
宴会は盛り上がったとはいえ、妻に先立たれた寂しい気持ちを払拭することはできなかったのでしょう。


天平二年(730)十二月、太宰府での任務を終え、奈良へ戻ります。
その途中で立ち寄った鞆の浦と敏馬[みぬめ]の崎で、やはり妻を偲ぶ歌を詠んでいます。

  我妹子が見し鞆の浦のむろの木は常世にあれど見し人ぞなき (3-446)
  鞆の浦の磯のむろの木見むごとに相見し妹は忘らえめやも (3-447)
  磯の上に根はふむろの木見し人をいづらと問はば語り告げむか (3-448)

  妹と来し敏馬の崎を帰るさにひとりし見れば涙ぐましも (3-449)
  行くさには二人我が見しこの崎をひとり過ぐれば心悲しも (3-450)

大宰府へ行くときは二人一緒だったのに、奈良へ帰るときは一人ぼっち。。。。


佐保の我が家に無事戻れたものの、居て当たり前だった妻がいません。

  人もなき空しき家は草枕旅にまさりて苦しかりけり (3-451)
  妹として二人作りし我が山斎は木高く繁くなりにけるかも (3-452)
  我妹子が植ゑし梅の木見るごとに心咽せつつ涙し流る (3-453)

     ※山斎[しま]= 庭園


そして天平三年(731)七月二十五日、死去。享年67歳。


東大寺の北方にある三笠霊苑には、伴墓[ともばか]と呼ばれる一画があります。
元々は、伴寺[ともでら]とも言われる大伴氏の氏寺・永隆寺の跡と伝わっています。
このあたりに旅人ら大伴氏の人々は埋葬されたのかも。





≪余談1≫

 広島県福山市の鞆の浦を見下ろす鞆城跡には、「鞆の浦の磯のむろの木~」の歌碑があります。


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≪余談2≫

 敏馬[みぬめ]は現在の阪神電鉄・岩屋駅あたりで、昔はここに港があって、大阪から海路で西へ向かうときに最初に停泊するところだったようです。


阪神・岩屋駅と駅前のモニュメント
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兵庫県立美術館が近いので、駅やその周辺には屋外展示のアート作品が点在しています。



 岩屋駅の近くに神功皇后ゆかりの敏馬神社(式内社)があって、境内にはこのあたりを訪れた大伴旅人のほか、柿本人麻呂らの歌碑があります。



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なむさいじょう

Author:なむさいじょう



阪神エリア在住のおっさん。
時間を見つけては奈良めぐり。

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