なら写真感 #132 東大寺猫段





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白日傘
ゆるり石段
のぼりゆく




平重衡を追う(62)~ 大仏殿の中の重衡



※ 以前にアップした記事の増補版です。



東大寺大仏殿に入って左の柱に扁額がかかっています。
数年前にこの柱の横に献灯台用の大きなケースが置かれ、扁額が見えにくくなってしまいました。


以前の様子
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最近の様子
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以前、扁額を撮影し、拡大して一文字ずつ拾ってみたのがこれ。
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(誤字あると思う)




扁額を奉納したのは、薩摩 (大隅と日向も) のお殿様・島津吉貴。
日付けが宝永6年(1709) 3月14日となっているので、
江戸時代の大勧進・公慶上人らの尽力で再建なった大仏殿の落慶供養 (3月21日~4月8日) の直前です。
落慶供養に合わせて、曼荼羅用の檀(?)などを奉納したことが記されています。
今、奉納品はどこにあるのでしょうか?


文章の前半は大仏殿創建とその後の再建の経緯が書かれていて、
聖武天皇、源頼朝 (右幕下)、重源上人、公慶上人などの歴史上のビッグネームが並んでいます。
焼き討ちした 平重衡 もちゃんと記されていますよ。


右から2行目に、平重衡が治承4年12月28日に大仏殿を燃やしたと書かれています。
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額縁には島津家の紋がありますね。



島津の家伝では、島津氏の祖である島津忠久は頼朝が側室に産ませた子としているため、
扁額のお殿様 (島津吉貴) は自らを頼朝の後裔(22代)と称しているのでしょうね。 (史実かどうかは???)

再建の大仏殿の屋根を支える虹梁には、日向国の白鳥神社の境内にあったアカマツの大木が使われています。
切り倒された木は宝永元年(1704) 1月に白鳥神社を出発。
船に乗せるために鹿児島湾まで運ぶ作業には、島津吉貴の指示があったようです。
東大寺に着いたのは同年9月でした。



大仏の再鋳と大仏殿の再建に心血を注いだ公慶上人。
宝永6年の大仏殿落慶供養には、その姿はありませんでした。
その4年前に亡くなっていたからです。
過労死だったとも言われています。
さぞかし無念だったでしょう。

公慶堂の公慶上人像は、大仏殿に向けて安置されています。



公慶上人の墓
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公慶上人の後を引き継いだ公盛上人の墓
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いずれも五劫院の墓地にて




平重衡を追う(61)~ 大納言典侍の願い



平重衡の正室 (大納言典侍) は、南都焼き討ちで溶け崩れた大仏を再び鋳造するための溶鉱炉に
夫が所有する銀・銅製品を寄進したいと、東大寺大勧進・俊乗房重源さんに依頼したところ、重源さんはこれを許した、
という話は以前の弊記事:
    ・ 「平重衡を追う(53)~ 平家に寄り添う重源」
    ・ 「平重衡を追う(58)~ 重衡忌2017」
などで紹介しました。

この話の出どころは鎌倉時代の記録書 『東大寺続要録』 の 造佛篇 で、実際の文章は以下のとおり。


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    「上人」 とは、俊乗房重源さんのこと。


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ただ、後半の部分に、

    溶鉱炉に重衡の金属製品を加えようとしたところ、炉が破裂し、その金属製品は受け入れられなかった。
    あまりにも重い罪のため、大仏さまはまだお許しになっていないためか。

というような意味のことが記されています。

溶鉱炉の破裂事故が起きたのは、おそらく事実でしょう。
炉に構造的な欠陥があったか、炉の使い方に問題があったのだと思います。
ただ、焼き討ちの悲劇を知る人々に対して、事故原因を工事作業側のミスと説明するより、
大仏さまの怒りがまだ収まっていないためとしたほうが説得力ありますから、上記のような記述になったのでしょう。

重衡の金属製品は受け入れられなかったと記されていますが、
貴重な金属材料であり、再鋳に必要ですから、捨てられることはなかったでしょう。
実際には新たな炉に加えられて溶かされ、大仏さまの一部になったのではないかと考えます。



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東大寺ミュージアムで法要



毎月8日の朝、東大寺ミュージアム 内の千手観音立像の前で法要が行われます。
この日は法要に合わせて通常の開館時間9:30a.m.より1時間早く開館するので、法要を聴聞することができます。



東大寺ミュージアム前で
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先日、初めて聴聞に行きました。
式衆はほぼ一山が参集されているようでした。
読み上げられるのは、妙法蓮華経観世音菩薩普門品第二十五。
いわゆる、観音経です。

出だしの 「爾時無盡意菩薩・・・」 はアダージョで入って、次第にアッチェルし、偈の前までプレスト。
偈の出だしはアダージョで入って、次第にアッチェル。
というように、読誦の速度に変化が何度かあって、とても興味深いものでした。
(経本があっても、高速読経は素人がついていくのは難しいデス)。

館内は響きますので、大勢による読経は迫力ありました。
また、聴聞者以外の一般人はほとんどいないので、雑音無く聴聞できました。
機会があれば、また聴聞したいです。





≪余談1≫

  JR西日本の観光キャンペーン 「ちょこっと関西歴史たび」 の一環として、
  この8月から9月にかけて 「東大寺大仏縁起絵巻」 が東大寺ミュージアムで特別公開されています。
  公開期間が3期に分けられ、上巻、中巻、下巻がそれぞれで公開。

      ※ ちょこっと関西歴史たび 世界遺産 東大寺 →


   0011-3.jpg  「下巻の展示で登場するかも?」 (T.S衡)





≪余談2≫

  以前、帰省先の法要で大悲呪 (大悲心陀羅尼) をときどき聞きました。
  なにを唱えているのか、さっぱり分かりませんでしたが、
  「もーらーもーらー」 とか、「しーりーしーりー」 などの言葉は、子どもゴコロに印象に残りました。
  何度か聞いているうちに、幼い兄弟が生き別れた母を探すストーリーではないかと思うようになりました。
  兄弟の名前は フジサト坊やモコサト坊や で、母親の名前は ソモ子 だと思ったのですよ。
  まったく違ってたけど。



大悲心陀羅尼 (4:04)


※ 少しトリップ感あり。重低音木魚が刻むリズムがたまりません。




「源信」展 (続)



奈良国立博物館で開催中の 「源信」 展。 (期間:2017年7月15日 ~ 9月3日)

8月8日から後期展示が始まりました。


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前期展示でのコメント に少し加えます。




【地獄草紙】 (奈良国立博物館)

  ・ 「糞屎泥」 の針口という虫が案外カワイイ。
  ・ 「鉄磑所」 でミンチになっているワタクシ。
  ・ 「膿血所」 で飛んでいる蜂のような虫は、最猛勝 [さいみょうしょう] と呼ばれます。
          高橋留美子の 『犬夜叉』 に出てくる最猛勝は、おそらくこの地獄草紙から採ったものでしょう。




【地蔵菩薩立像及び厨子】 (東大寺知足院)

  8月1日から展示されていますが、個人的には後期展示の目玉と思います。
  別名、「文使い地蔵」。伝説の概要は、こちらで →
  つい先日の7月24日に、知足院の地蔵会でお目にかかったばかりです。
  奈良博でも厨子に入った状態で展示されているのですが、
  驚いたのは、厨子の正面だけでなく左右両側面も開いていること。
  まさか厨子がこのような構造になっているとは。
  その側面に、地獄の絵が描かれています。
  数ある地獄図の場面から、美女に誘われて近づこうと鋭利な刃物の枝の木をよじ登り、
  ずたずたの血まみれになるシーンがなぜか選ばれて描かれています。
  知足院の地蔵会では厨子の正面の絵だけしか見ていなかったので、これはうれしい展示です。
  で、お地蔵さんはライトアップされていて、精緻な截金模様が非常に美しく見えます。
  もちろん、お地蔵さんの左右両側面も拝見できます。
  知足院の地蔵会では困難な照明と見る角度ですから、貴重な機会だと思います。




【法然上人絵伝】

  熊谷直実と勢観房源智の臨終のシーンが展示されています。
  どちらも平家ゆかりの人なので、平家クラスタは必見。

   ・熊谷直実:平知盛に仕えた後、源氏側に仕え、一の谷の戦いで平敦盛を討つ。後に法然上人の弟子となり、出家。
   ・勢観房源智:法然上人の高弟の一人。父は平師盛、祖父は平重盛、曾祖父は平清盛と伝わります。




ほかにもいろいろあるのですが、切りがないのでこの辺で終わります。
なお、後期展示期間中でも、展示替えや巻替えがありますので、要注意です。






≪余談≫

 東大寺の北にある五劫院。

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(2017.8.9 参拝)



 毎年8月上旬は予約なしで参拝できます。
  (今年2017年は、8月1日・火 ~ 12日・土)

 こちらでも、地獄絵図が展示されていました。
 五劫思惟さんだけでなく、この地獄絵図も要チェックですよ。


五劫思惟阿弥陀如来坐像 (五劫院)
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プロフィール

なむさいじょう

Author:なむさいじょう



阪神エリア在住のおっさん。
時間を見つけては奈良めぐり。

※2013年までの過去記事は本サイトへインポート後、一部を除いてリンクの更新等を行なっておりませんので見苦しい部分があります。ご了承ください。
※過去記事へのコメントも歓迎。

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