フェノロサとビゲローの墓参り



日本美術を救ったと言われるフェノロサとビゲロー。
ふたりとも遺言により遺骨が分骨されて、三井寺(園城寺)の法明院に埋葬されています。




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フェノロサの墓
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感謝です。








ビゲローの墓。
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感謝です。
フェノロサの墓の隣にあります。
墓石の正面にはビゲローの法名 「月心」 が刻まれていますが、苔に覆われて読みづらい。








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法明院






法隆寺夢殿の救世観音立像や聖林寺の十一面観音立像を今日拝めるのは、
フェノロサのおかげと言ってもいいかも知れません。
フェノロサの日本美術コレクションには、 「平治物語絵巻 三条殿夜討巻」 や俵屋宗達筆 「松島図屏風」 などがあって
現在はボストン美術館の所蔵となっています。

フェノロサと同じく日本美術の収集家・ビゲローも、数多くの作品を買いつけました。
そのコレクションのひとつ 「法華堂根本曼荼羅図」 はかつて東大寺法華堂に伝わっていたというもので、
日本にあれば間違いなく国宝だったはず。
奈良時代の仏画は極めて少ないため飛び抜けて貴重なのだそうで、国宝中の国宝といってもいいかも。
吉備真備が空を飛ぶ、奇想天外な 「吉備大臣入唐絵巻」 もビゲローのコレクション。
これらのコレクションもボストン美術館所蔵となっています。

  ※ 「ボストン美術館 日本美術の至宝」 展の弊ブログ記事 →




<余談>

 白洲正子の 『十一面観音巡礼』 には、聖林寺の十一面観音立像のことが記されています。
 正子が聖林寺を訪ねたのは昭和7年か、8年のころ。
 対応した当時の住職の話では、大御輪寺 (三輪神社の神宮寺) の本尊だった十一面観音が
 その縁の下に打ち捨てられていたのを発見したフェノロサは、先代の住職と相談して聖林寺へ移すことにした。
 移すときは荷車を使ったが、聖林寺の坂道を登るのが大変だったらしい。
 荷車を後押しした住職はそのころ12歳だったが、フェノロサのことをはっきり覚えていて、 
 フェノロサは穏やかなおじいさんで、観音様を移すときは終始荷車の脇へつきそっていたそうだ。

 現在は、十一面観音立像は別棟の観音堂に祀られていますが、
 その昔は本尊の地蔵菩薩坐像の隣の部屋にあったとのこと。
 少しアニメ的な造形のお地蔵さんのおわす本堂の脇に、フェノロサとビゲローが寄進した厨子が置いてあります。



高月の観音さまと湖と



ほぼ毎年行っている長浜市高月町周辺の観音巡り。
今年2016年は行きそびれていましたが、先日、急きょ行ってきました。


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毎年8月第一日曜日に高月町で開催される 「観音の里 ふるさとまつり」 は
メイン会場の渡岸寺 [どうがんじ] 観音堂の境内に模擬店が立ち並ぶとともに、
周辺の多くの観音堂が一斉に開扉されるイベント、ということは承知していました。
ただ、猛暑の時期なので、これまでこのふるさとまつりには行ったことがありませんでした。
ところが今年は10月16日(日)に開催ということを数日前に知りました。
当日の天気予報も晴れ。
行く鹿ない。

  ※ 今年7月上旬~8月上旬、東京藝術大学大学美術館で開催された 「観音の里の祈りとくらし展 Ⅱ」 への出展の影響で
    ふるさとまつりの開催時期をずらしたとのことです。
    このため稲刈りの終わった頃に設定されたのか。




観音巡りでときどき使うレンタサイクルはすでに予約で空きがなく、巡回バスを利用することに。
巡回バスは3コースあって、どのコースに何度乗っても1日乗り放題券は拝観料込みで1,500円。
30分ごとに運行されるマイクロバスの時間に合わせての拝観となるため、気ぜわしく、時間のロスが多いのが難点ですが、
同乗する観光協会の方のお話が地元ならではの秘話だったりと、それはそれでよかったです。


お堂ごとに地域の方によるご接待もありました。
お茶や地元で採れた柿をいただいたりと、とてもありがたかったです。


今回の観音巡りの締めくくりは、渡岸寺観音堂の十一面観音。
もう何も言いますまい。
この観音さまの写真集、ポスター、絵葉書などの写真のほとんどは奈良の飛鳥園によるもの。
飛鳥園の仏像写真家・小川光三さんは今年6月にお亡くなりになりました。


あちこち巡って、白洲正子も指摘しているように、観音さまと 「水」 の結びつきを改めて感じました。
開催時期は次回も10月を強く希望とアンケートに書いて提出し、高月をあとにしました。




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琵琶湖の竹生島が望める片山観音堂から
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遠くに見えるのは比良の山々か。








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以前に拝観しているので、正妙寺の十一面千手千足観音 (ふるさとまつりのチラシの写真) はパスするつもりでしたが、
ふるさとまつりでお堂で拝観できるのは今回限りと聞いて、急きょ再訪することに。
世話役さんが年を取ってお堂への上り下りがきつくなってきたからだそうで、
十一面千手千足観音はお堂を下りて、西野薬師堂に安置されるだろうと聞きました。

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また来ます!




湖北観音巡り'15(番外編)



(前回記事 からの続き)



高月の隣にある木之本の本家・地蔵せんべいを土産に。


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御利益をいただけそうと買い求めましたが。。。




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バキバキッ。。。



なんだか。。。


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罰当たり感が。。。




甘い系のせんべい。
普通においしかったです。





湖北観音巡り'15(その3)



(前回記事の続き)



【観音の里 歴史民俗資料館】


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  2度目の訪問です。
  今回の目的は、正妙寺の千手千足観音さんのスタンプ。
  この資料館に置いてあります。
  『新TV見仏記 奥びわ湖観音の里編』で、MJとISが嬉しそうにスタンプ押してましたから、
  ワタクシもということで。。。。

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こちらは本物(観光パンフから)


  実物は小さなお像ですが、千手千足というのが珍しい。




  資料館では、「富岡鉄斎と妻春子」と題する企画展をやっていました。(5月10日まで)
  鉄斎と交流のあった地元高月の医師・布施巻太郎のコレクションの一部だそうで、
  まさかここで鉄斎の作品に出合えるとは思いませんでした。

  そのほかには、神像や仏像、五穀豊穣を祈る行事「オコナイ」の道具や資料など、
  この地方ならではのものが常設展示されています。



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  JR高月駅近くの高月総合案内所などにこの資料館の割引優待券があります。





  この日は、晴れたり曇ったりの慌ただしい空模様。
  山頂付近が雲に覆われた伊吹山が、電車(北陸本線)から見えました。

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  <余談>

渡岸寺観音堂の十一面観音様の後姿 (絵葉書から)
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ふぅ~ (ため息)





tag : 観音の里歴史民俗資料館 正妙寺

湖北観音巡り'15(その2)



(前回記事からの続き)


赤後寺から己高閣・世代閣の前に出たあと、高時川沿いの道を進みます。


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【医王寺】


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初参拝です。
こちらも無住のお寺で、地元の世話役さんに電話して予約が必要。

高時川の上流にある大見の里に、ひっそりたたずむ小さなお堂です。

ところが約束の時間が過ぎても、世話役さん、やって来ません。
やむなく近くにあるキャンプ場(大見いこいの広場)の事務所に行って事情を話したところ、
世話役さんに電話していただき、すぐに来ていただけることに。
助かりました。


医王寺の前で待っていると、軽トラックで世話役さんがやって来ました。
話を聞くと、約束の時間が間違って伝わっていたようです。
ところが、世話役さん、お堂のカギを持ってくるのを忘れていた!
しばらくすると、世話役さんの奥さんがミニバイクでカギを届けに来てくれました。



十一面観音立像。
観音様がこの地に運び込まれた経緯や、世話役さんが子供のころの思い出など、
観音様への深い思いがあふれる、しみじみとしたお話を聞くことができました。

お堂には、井上靖が医王寺を訪れた際の記念写真や
井上靖夫人からのお礼の手紙が展示されていました。


ハプニングでさえのどかに感じられ、心に残る参拝となりました。




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<余談1>

医王寺の軽トラックで思い出したのは、3年前に同じ高月の正妙寺を参拝したときのこと。
そのときも世話役さんが軽トラックを運転して登場。
軽トラックに先導されながら集落の中を自転車に乗り、正妙寺に向かいました。
ほのぼのとした思い出です。





<余談2>

医王寺から戻る途中、 が目の前を横切った!
高月総合案内所に戻って猿のことを話しても特に驚かれず、このあたりではよくあることのようです。
それより は出ませんでしたか? と聞かれました。


確かに、医王寺に向かう道にこんな看板が。。。

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tag : 医王寺

湖北観音巡り'15(その1)



「観音の里」、滋賀県長浜市高月。
3年ぶりの訪問です。


【渡岸寺観音堂】

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  十一面観音さん。
  相変わらず美しいです。
  何一つ変わっていませんでした。
  変わったのは、ワタクシの年齢だけ。
  あ、そういえば、拝観受付の場所が移動しましたね。

  この日は風が強く、境内の桜吹雪が見事でした。



野神さん。(渡岸寺観音堂前)
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このあたりでは野神さんをよく見かけます。








【赤後寺】

  JR高月駅近くにある高月総合案内所で自転車を借り、赤後寺[しゃくごじ]へ。

  初参拝です。
  無住の寺で、地元の人々によって管理されています。
  参拝するには、世話役さんに事前に電話で予約が必要。



神社の境内にある赤後寺(奥にあるお堂)
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  聖観音菩薩立像と千手観音菩薩立像の2体が祀られています。
  コロリ(転利)観音とも呼ばれています。
  両像とも、手先、化仏、瓔珞などを失った痛々しいお姿です。
  戦国時代、兵火から守るために村人がお像を川に沈めて隠していたところ、
  大水によってこれらが失われたとの言い伝え。
  長い間秘仏だったのは、このようなお姿を人目にさらさないようにするためだったようです。



新TV見仏記で来訪したMJとISのサイン
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赤後寺前から
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赤後寺近くで
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  ※このあと、医王寺へ向かいました。




長浜市高月は、ヤンマーの創業者の出生地。
市内にはヤンマーの工場があるほか、ヤンマーミュージアムもあります。


トラクターはヤンマー製?
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高時川の堤防沿いに植えられている桜並木(桜のトンネル)→
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(続く)





tag : 渡岸寺観音堂 赤後寺

井上靖記念室



井上靖記念室を2階に持つ高月町立図書館(現在は長浜市立高月図書館)は、
平成5年(1993)4月29日に開館しました。
司馬遼太郎による開館記念講演の会場には、多くの人が集まったそうです。




  井上靖記念室開設にあたって

     故井上靖先生は、随筆「美しきものとの出会い」、小説「星と祭」等の作品に、
    滋賀県湖北地方の十一面観音像を描いておられます。
     ことに高月・渡岸寺の国宝十一面観音像には敬慕の念深く、
    幾度となく訪ねておられます。
    以来、先生には深いご縁をいただき、ふるさと創生事業をはじめ、
    まちづくりにご指導とご協力をいただいてまいりました。
     町の代名詞ともいうべき「観音の里」という言葉も
    先生の作品から生まれたと思われ、町のイメージも高めていただいております。
     こうした先生のご功績を広く顕彰するために、
    町立図書館内にこの「井上靖記念室」を開設し、
    先生と町とのこれまでのご縁を中心に、
    先生の文学活動の一端を紹介し、後世に伝えていきたいと願っています。


  (井上靖記念室の資料から。当時の館長さんのご挨拶でしょうか)






開館日であっても、ふだんは記念室は施錠されているらしく、
見学希望者はスタッフに声をかけて開錠してもらいます。

湖北の人々との交流が示された資料や写真、
鞄、背広、タバコなどの愛用品、再現された書斎などが展示されています。



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ブランデー好きだったそうで。
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収蔵庫落慶法要での記念講演 (昭和47年11月4日、渡岸寺観音堂にて)
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図書館の前には、井上靖の協力によりつくられた公園「出会いの森」があります。
そこには、彫刻家・舟越保武の彫像「茉莉花[まつりか]」が立っています。
舟越は井上作品の装画を担当したことがあり、その縁もあったようです。
ちなみに、彫刻家の舟越桂は舟越保武の次男。

「茉莉花」の脇に立っている文学碑には、以下のように刻まれています。


   聖 韻

    有名な渡岸寺の十一面観音像を初めとして、
    沢山の衆生済渡の仏さまたちが、静かに立たれたり、
    お坐りになったりしている古い町。
    琵琶湖を隔てて、遠く比良山系を望める美しい町、高月。

    平成の新しい時代を迎えてからのある日、
    そこの明るい広場、町の聖地に、一つの事件が起った。
    この町を象徴する花とされている茉莉花の精が、どこからともなく現われ、
    美しい裸婦像となって、広場のまん中に、すっくりと立たれた。
    平成の、新しい観音像と申し上げたい、凛とした、近代的なお姿である。

    世界的規模を持つ瞑想の町、信仰の聖地、湖畔散策の町としての、
    新しい時代の、新しい高月は、この日、このようにして生まれた。

                               井上靖

   (井上靖記念室の資料から)






“平成の新しい観音像”と書かれた「茉莉花」。
よく見ると、頭部と左腕を除いて、
渡岸寺観音堂(向源寺)の十一面観音さんの姿に似ています。
特に後ろ姿は、十一面観音さんをモデルにしたのではないかと思うほど似ています。
実は井上靖はそれを承知していて、我々が気づくか試したのではないでしょうか。(笑)



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        長浜市高月図書館の情報→







JR高月駅前にあるモニュメントには、
渡岸寺観音堂の境内にある文学碑の文字が書かれています。

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『慈眼 秋風 湖北之寺    井上靖』

  文学碑では「湖北の寺」になっていますが。







賀茂神社





滋賀県近江八幡市加茂町にある賀茂神社です。


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聖武天皇の実像をほんの少し追って



由緒書きによると、

  天智天皇が強い馬を殖やし育てるため、このあたりに日本初の国営牧場を作った。
  天平8年(736)、聖武天皇の勅願により、吉備真備らがこの地に社殿を創建。


だそうです。
聖武天皇、吉備真備が登場。
ただし、『続日本紀』の天平8年の記事には該当する部分が見当たりませんが。。。



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    馬の聖地 として有名な神社。

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境内脇には約400メートルの直線の馬場があって、
毎年5月に競馬神事「足伏走馬」[あしふせそうめ]が行われるそうです。


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今年2014年って、うま年でしたっけ?






    この(賀茂神社)あたりに馬の牧場があったという言い伝え。
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向うに見えるのは鶴翼山(八幡山)。
秀吉の甥で、養子になった豊臣秀次が城を構えたところ。
城下町が今の近江八幡市です。
秀次はのちに秀吉から謀反の疑いをかけられ、高野山で自刃しました。







<余談>


    近江八幡さんぽ



ナース姿の女の子のイラストで、“メンソレータム”のほうが馴染み深いです。(笑)
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八幡堀
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長命寺・三重塔(重文)
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長命寺の地蔵菩薩立像(奈良国立博物館に寄託中)は
ワタクシの好きな仏像のひとつ。










飯道山ハイキング(2)


聖武天皇の実像をほんの少し追って part2


前回記事の続きです。



  

紫香楽宮跡の宮町遺跡をあとにして、飯道神社に向かいます。
ゴルフ場の脇道から登っていくこと約1時間で、飯道神社に着きます。

  

  

飯道神社の本殿は江戸時代の初め(1649年)の再建で、国重要文化財。
立派な社殿です。

飯道神社の周囲には石垣がたくさんあって、神宮寺だった飯道寺の仏堂跡なのだそうです。
飯道寺は廃仏毀釈で消滅しています。
飯道寺の造営には、良弁さんと実忠さんが関係していたようです。
良弁さんは東大寺初代別当、実忠さんは二月堂の十一面悔過法要(修二会)の創始者。


巨石もあちこちにごろごろ。
信仰の対象だったのでしょう。

  

この巨石群を利用した「行者コース」という修験の行場が境内左手にあります。
全長350mほどのこのコース。
危険な箇所が多いらしく、単独あるいは初心者はやめたほうがいいようです。
(小心者のワタクシはもちろんやりません)

山岳信仰や修験道に関係し、紫香楽宮の鬼門の方角にある飯道神社。
近江地方にゆかりのある良弁さんと実忠さんの存在。
東大寺二月堂の守護神として勧請されたのも、自然な成り行きだったのかも知れません。

    東大寺二月堂近くの飯道神社
     (手前の階段がなぜかとても歩きづらい)
  


良弁さんは近江の石山寺、金勝寺(こんしょうじ)、常楽寺などの開基と言われています。
金勝寺と、東大寺の前身である金鐘寺(きんしょうじ)の呼び方が似ているのも、何か関連がありそうですね。

    飯道神社近くの丁石
  



飯道山山頂(664m)には飯道神社から約30分で到着。
三上山(近江富士)を眺めながら、昼食をいただきました。

  



頂上は東のほうも開けていて、鈴鹿山脈が見えました。
中央やや左に御在所山(1212m)、中央やや右に鎌ヶ岳(1161m)。

  



その後、貴生川駅に向けて下山しました。
全行程約13km。








※余談

  やはり滋賀県。
  “飛び出し坊や”の密度が高い。

    



  土産は草津名物 うばがもち
  ひとつが小さいです。
  サイズが1/3程度の赤福、と言ったらイメージしやすい。

    


飯道山ハイキング(1)


東大寺二月堂の鎮守三社のひとつで、二月堂の南東側に飯道神社という小さな社があります。
滋賀県甲賀市の飯道山(はんどうさん)にある飯道神社はその本社です。
飯道山(標高664メートル)は近江の大峰山とも呼ばれ、修験道の道場として栄えた山だそうです。
東大寺にゆかりがあり、またその麓に紫香楽宮があった飯道山。
どんなところか訪ねてみました。

聖武天皇の実像をほんの少し追って



[行程] 紫香楽宮跡駅~甲賀寺跡~宮町遺跡付近~飯道神社~飯道山~貴生川駅



JR草津線貴生川駅で信楽高原鉄道に乗り換え、紫香楽宮跡(しがらきぐうし)駅で下車。
信楽焼のタヌキがホームでお出迎え。(よく見ると列車にもタヌキの絵が)

    

駅から甲賀寺跡に向かいます。

天平16年(744)11月13日、聖武天皇は甲賀寺で盧舎那仏の体骨柱(芯柱)を建てる式典に参列し、自ら縄を引いた、と続日本紀に記述があります。
今は奈良の東大寺に大仏さん(盧舎那仏)がいらっしゃいますが、元々は甲賀寺に建立しようとしていました。

中門、金堂、講堂、経楼、僧坊、五重塔などの礎石が現存しています。

  金堂跡(もしかしたら大仏さんはここに?)
  


  五重塔跡
  


多くの地図に「紫香楽宮跡」とある場所は、実は甲賀寺跡であって宮跡ではありません。
北に約1km離れた宮町遺跡が本当の宮跡と判明したようです。
国は訂正せず、カッコ付きで甲賀寺跡、と苦しい説明。

  





次に、甲賀寺跡から紫香楽宮跡のある宮町方面に向かいます。

  宮町をPRする電光掲示板。
  

のどかな田園風景。
農道をのんびり歩きます。
ヒバリが賑やかにさえずっていました。
田植えが始まっていました。

  


やがて地域の集会施設である宮町会館に到着。
宮町遺跡のほぼ中心にあります。
天皇皇后両陛下が平成19年に来られたようです。

  

  “ようこそ宮町へ 天平の都紫香楽宮”
  

「なにはつに~」「あさかやま~」
万葉歌が書かれた木簡が出土して話題になりました。

宮町会館の前の田んぼ。
土が見えているところに、朝堂殿があった。
  


このあと、飯道山に向けて登っていきます。
(次回に続く)




飯道山から見た宮町の田園風景(ほぼ中央に宮町会館)



イワカガミ










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プロフィール

なむさいじょう

Author:なむさいじょう



阪神エリア在住のおっさん。
時間を見つけては奈良めぐり。

※2013年までの過去記事は本サイトへインポート後、一部を除いてリンクの更新等を行なっておりませんので見苦しい部分があります。ご了承ください。
※過去記事へのコメントも歓迎。

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