胡宮神社


“ちょうげニスト” としては、胡宮 [このみや] 神社も外せません。


胡宮神社
201811235817A.jpg



多賀大社から南へ徒歩15分ほどの胡宮神社は、敏満寺 [びんまんじ] の鎮守社でした。
敏満寺はかつて湖東地域で大きな勢力を持つ大寺院だったようですが、戦国時代に焼き討ちに遭って廃寺となりました。
寺院の中心部は現在の胡宮神社の境内付近だったそうです。
胡宮神社には難を逃れた寺宝が伝わっています。



(1) 金銅三角五輪塔
 塔の底に刻まれた銘文により、俊乗房重源が建久九年(1198) 12月に敏満寺本堂に奉納したものと分かります。
 高さは約40cm。
 経済的に豊かだった敏満寺は東大寺再興のために多額の寄付をしたらしく、後日、大願を果たした77歳の重源さんからお礼に贈られたもののようです。
 重源さんの事績が記された 『南無阿弥陀仏作善集』 にも、この塔のことが出ています。


3kaku5rintoA.jpg
(図録より拝借)




胡宮神社境内にある三角五輪塔
201811235820A.jpg

石造の模造品です。
オリジナルの約2倍の高さとのこと。





(2) 舎利寄進状
 重源さんが上記の金銅三角五輪塔を敏満寺に奉納した時の添え状です。
 重源さんの花押もあります。


chogensoejoA.jpg
(図録より拝借)





(3) 重源書状
 元久元年(1204)、重源さんは南都焼き討ちで焼失した東大寺東塔の再建に着手しています。
 完成したら大仏殿と東塔の前で千人のこどもに 『法華経』 を転読させたいと願っていたようで、この書状は敏満寺に対して周辺のこどもを何人か寄こしてほしいと要請したもの。
 残念ながら重源さんは、建永元年(1206) 6月5日、東塔の完成を見る前に86歳で亡くなりました。




(4) 仏舎利相承図
 白河法皇が中国から入手した仏舎利が、祇園女御に伝えられ、さらにそれが 平清盛 に伝えられたことを示す、鎌倉時代初期の文書。
 平清盛の実父が白河法皇で、実母が祇園女御の妹であることが記されている、大変よく知られた文書です。




これらの寺宝は現状は胡宮神社にはなく、博物館(町立文化財センター?) に寄託されているようです。



境内にある重源さんの顕彰碑
201811235843A.jpg
滋賀に重源さんの碑があるとは存じませんでした。







少し高台にある境内から見た風景。

201811235845A.jpg


この風景を見てピンと来た人は、正倉院に伝わる古地図に相当詳しい方でしょう。
今は人家が多いですが、このあたりはかつて水沼 [みぬま] 荘という東大寺の荘園でした。
天平勝宝三年(751) に描かれた 「近江国水沼村墾田図」 はまさにこのあたりの絵地図で、写真左手に見える池(かつて水沼池と呼ばれた大門池)も描かれています。
この池は奈良時代からこの辺りの田を潤してきました。
平安時代の古文書には、東大寺法華堂(三月堂) で行われる千灯会の経費をまかなうための荘園として記録されています。


境内にある水沼村墾田図の模写
201811235840A.jpg






境内は紅葉に覆われていました。

201811235815A.jpg





寺はなくなっても、地名に残っています。

201811235858A.jpg





東大寺にゆかりのある水沼荘の地と、重源さんにゆかりのある敏満寺の跡を訪れることができて、至福の旅でございました。



胡宮神社



多賀大社


櫟野寺を参拝したあと、近江鉄道に揺られて多賀大社 (滋賀県犬上郡多賀町多賀) へ。
ここには元正天皇や俊乗房重源にまつわる伝説が残っています。


201811235784A.jpg






201811235789A.jpg




(1) 元正天皇
 元正天皇が病気になったため神主らが強飯 [こわめし] を炊き、シデの木で作った杓子とともに献上したところ、たちまち病気平癒した。このためこの杓子は無病息災・長寿に霊験あらたかなものとして信仰を集めた。
という言い伝え。


拝殿内にある 「お多賀杓子」
201811235795A.jpg
「オタマジャクシ」 の語源だそうです。
お多賀杓子の形に似ているから。


「お多賀杓子」 のお守りは授与所で頂けます。



(2) 俊乗房重源
 境内の一画にある寿命石の説明から抜粋。
「今から800年余り前、俊乗坊重源は後白河上皇から南都東大寺再建の大勧進を仰せつけられた。上人はまず大神宮に三度参詣、さらに寿命守護を祈るため当大社に参籠し、満願の暁に “莚” の字の虫食いのある柏葉を授かり20年の延命を感得、ついに大業をとげたと云われている。この寿命石は上人がその霊験をいただいた際のゆかりの石と伝えられている。。。」

“莚” の草かんむりは “十” を二つ並べた形なので、“莚” は二つの “十” (20) に “延” の字、つまり20年寿命を延長という意味になるわけです。
60歳を過ぎてから東大寺再建に着手した重源さんは、86歳で東大寺浄土堂 (今の俊乗堂の前身) で亡くなったことが記録に残っています。
なので、大業を成し遂げたあと、お礼参りに来て、寿命石に座って眠るように亡くなったという話は
マユツb[Piiii --------]
重源さんは多賀大社の近くにあった敏満寺 (現廃寺) に金銅三角五輪塔を奉納した記録が残っているので、きっと多賀大社を訪れたに違いないと後世の人が考えたのかもしれません。


寿命石
201811235794A.jpg
重源さんの長寿にあやかって、長寿祈願の白い石が周囲に置かれています。





境内は紅葉が進んでいました。

201811235788A.jpg






≪余談1≫

 近江鉄道・多賀大社前駅から神社へ向かう途中にある、なんとも小さなお店に目が釘付け。
 手作りパンとドーナツの店 wakkaya
 建物が元は車庫だったというお店は、客が3人入れるかどうかの狭さです。
 映画に登場しそうな可愛らしいお店で、スタッフも女性だし、客の大半は女性に違いなく、オッサンにはかなり入りづらい雰囲気。

 でも、入りました。


201811235873A.jpg






201811235875A.jpg






201811235874A.jpg
オーガニック イヨカンピール+ビターチョコチップ+くるみ のリュスティック
(甘ずっぱいイヨカンピールとくるみ、フランス産チョコチップ入り)


 あとで絶対分からなくなるからと、その場で写真を撮らせてもらいました。
 オッサンにはチョコチップとくるみ以外はちんぷんかんぷんの説明でしたが、とてもおいしゅうございました。
 初めて来た土地なのに見覚えのある店構えだなと思って聞いてみると、やはりテレビで紹介されたことがあるとのこと。





≪余談2≫

 奈良・春日大社の本殿を取り囲む回廊の内側の北西隅に多賀神社があります。
 多賀大社から分霊された神社です。
 ここの説明板にも俊乗房重源の話が出ています。


春日大社にある多賀神社の絵馬
201811235896A.jpg

“莚” の字の虫食いのある伝説の柏葉がデザインされています。



いちいの観音・櫟野寺


“いちいの観音さん” と呼ばれている 櫟野寺 [らくやじ](滋賀県甲賀市甲賀町櫟野) で、本尊の十一面観世音菩薩がご開帳されています。
坂上田村麻呂にゆかりのある櫟野寺は、最近では春と秋などに特別参拝期間が設けられているとのことですが、今年は33年に一度となるご開帳の特別な年に当たるのと、TV見仏記 (「新」が付く前の、関テレ&京チャンで放送していた番組) で仏友ふたりがこの十一面観音さんを強く推していたことを思い出し、ご縁を頂きに参拝しました。
十一面観音さんのほかにも多くの平安仏がおられ、眼福でございました。



201811235717A.jpg







201811235709A.jpg








201811235721A.jpg








201811235711rA.jpg
守り猫だそうです。



境内では地元の物産販売などがあって、今回のご開帳は地元を挙げてのイベントにもなっているようです。


rakuyaji-pamphA.jpg
JR西日本の 「ちょこっと関西 歴史たび」 でもキャンペーン中。





≪余談≫

 ご開帳の期間(2018年10月6日~12月9日)、JR草津線の甲賀駅前から臨時バスが運行されています。
 JR甲賀駅のあちこちに甲賀忍者をモチーフにしたトリック・アートが描かれていて、楽しい。
 同行者がいれば、トリック写真ができます。


201811235745A.jpg






201811235737A.jpg






201811235740A.jpg

上で紹介したほかにも楽しいトリック・アートあります。




びわ湖長浜KANNON HOUSE


“東京にある、長浜の観音堂” へ行ってきました。
場所は、JR上野駅から不忍池に向かって徒歩約2分のところにあるビルの1階。
注意深く見ていないと、通り過ぎてしまうかも。

「びわ湖長浜KANNON HOUSE」 は、観音の里として知られる長浜市が観音信仰を中心とした情報発信拠点として2016年3月に開設した施設。
その内部は壁面が黒色で、スポットライトの照明が多く使われています。
檜の部材で囲われた展示スペースは厨子を模していて、その中心に観音さまが安置されています。
時間が許せば、ずっと居たいホッとできる空間です。
スタッフの方々にはご親切に対応いただきました。(ありがとうございます)

開設以来、ほぼ2か月ごとの周期で市内の観音像が交代でお出ましになっています。
今回拝見したのは、びわ湖に浮かぶ竹生島にある宝厳寺の聖観音さま。
人気があって、二度目のご登場だそうです。
このお像は西国三十三所の札所本尊ではありません。(念のため)




201810185087A.jpg






201810185100A.jpg






竹生島 宝厳寺
聖観音立像
201810185096A.jpg




201810185088A.jpg



優しい表情に癒されます
201810185092A.jpg
(以上、「びわ湖長浜KANNON HOUSE」 にて)
展示は10月21日まで。






次回お出ましになるのは、高月町保延寺の千手観音さま (2017年の「観音の里 ふるさとまつり」 にて)
201710152963A.jpg
像高20cmほどの可愛らしい観音さまです。
奈良・長谷寺から移されたとの言い伝えがあります。
長浜には、錫杖や戟を両手に持つ観音さまがけっこういらっしゃいますね。
※「保延寺」は地名で、この名前のお寺は現存しません。




 ※ 「びわ湖長浜KANNON HOUSE」 HP →


高月の初参拝仏



2017年10月15日、「観音の里ふるさとまつり」 。

ふるさとまつりは2度目ですが、それ以外の時期にもたびたび訪れている長浜市高月町。 (今回で8度目だったか)
高月町とその周辺では、観音を主として多くの仏さまが各地区で昔から大切に守られてきました。
地方仏でよく見かける素朴で、時には愛らしい表情の仏さまに、湖北の人々がどれほど慰められてきたのでしょうか。

今回は、ワタクシが初めて参拝する仏さまばかり。
こちらが撮影可否を問う前に、「撮影、OKです」 と各所で勧められました。
ウチの仏さまを自慢したくて仕方がない、という感じもありました。
どの仏さまも、みんな違ってみんないい。




201710152937A.jpg
〔東阿閉・乃伎多神社薬師堂〕 →
従来は秘仏でしたが、今年2017年から観音の里ふるさとまつりの日のみ開扉されることなりました。








201710152948A.jpg
〔横山・横山神社〕
観音の里ふるさとまつりの日のみ神社で開扉。普段は観音の里資料館に寄託。








201710152952A.jpg
〔東物部・光明寺〕
観音の里ふるさとまつりの日のみ開扉。








201710152963A.jpg
〔保延寺・観音堂〕
保延寺は地名。
この千手観音さんは奈良・長谷寺から移されたとの言い伝え。
高さ20cmほどで、かわいらしい。








201710152966A.jpg
〔雨森・観音寺〕
清水寺式とも言われるお姿。
脇手の一対を頭上に掲げ、重ねた手にちっちゃい阿弥陀さんを乗せています。
袋掛け観音とも言われます。








201710152988A.jpg
〔柏原・阿弥陀堂〕
観音の里ふるさとまつりの日のみ開扉(らしい)。








201710153007A.jpg
〔高月・観音堂〕








201710153013A.jpg
〔高月・観音堂〕








201710153027A.jpg
〔落川・浄光寺〕
ずっと秘仏でしたが、数年前に開扉されるようになったそうです。









≪余談≫

  東京・上野に2016年3月オープンした “びわ湖長浜 KANNON HOUSE” 。
  「観音」 をテーマとした長浜市の情報発信拠点で、その中にはお堂の内部を模した展示スペースがあって
  長浜から観音様にお出ましいただいて、展示されます。
  観音様は約2か月交代だそうです。
  今年2017年11月28日(火)からは、あの千手千足観音様が登場されるそうですよ。



千手千足観音立像
〔高月町西野・正妙寺〕
(観光パンフから拝借)



    ※ びわ湖長浜 KANNON HOUSE →



検索フォーム
プロフィール

なむさいじょう

Author:なむさいじょう



阪神エリア在住のおっさん。
時間を見つけては奈良めぐり。

※2013年までの過去記事は本サイトへインポート後、一部を除いてリンクの更新等を行なっておりませんので見苦しい部分があります。ご了承ください。
※過去記事へのコメントも歓迎。

最新記事
最新コメント
カテゴリ
カレンダー
11 | 2018/12 | 01
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31 - - - - -