ハイキング立ち寄り大明神 (61)~金村神社



二月堂修二会で毎夜読み上げられる “神名帳” の神様のうち、ハイキングなどで立ち寄った神社のご紹介。

続きです。



● 金村神社 (奈良県葛城市大屋)

神名帳では、金村大明神 [かなむらノだいみょうじん] (81) ←神名帳で読み上げられる順番


金村[かなむら]神社の祭神は、大伴金村です。
以下、境内にある由緒書から抜粋・要約。


社伝では、安閑天皇二年(535) 11月12日に、大伴金村の霊を勧請。
延喜式神名帳に記される式内社。
大伴金村は5世紀末から6世紀前半にかけての大和朝廷の有力者で、武烈・継体・安閑・宣化・欽明朝の大連[おおむらじ]。




大伴金村は仁賢天皇の死後、平群氏を滅ぼし、武烈天皇を即位させたと伝わります。
武烈天皇の死後は、越前より継体天皇を迎え、即位させたとのこと。
安閑期には皇后や妃のために、屯倉[みやけ]を設け、屯倉の増設に功があった。
大伴氏全盛期を築いたひとですが、朝鮮半島の経営に失敗して物部尾輿[もののべのおこし]らに責任を問われて失脚したようです。
以降、大伴氏は衰退していきますが、5代または6代後に大伴家持がいます。
金村は欽明朝にも存命だったようなので、安閑天皇二年に大伴金村の霊を勧請したという話はあくまで社伝です。
それと、なぜこの地に勧請されたのかが、よくわかりません。

その昔は八丁(約900メートル)四方の境内を有する大きな神社だったようですが、今はその面影はありません。




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比較的新し気な石鳥居とくぐると、すぐ左に境内社、正面階段を数段上がると本殿。






本殿、といっても小さな社。
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拝殿なし。ブロック塀で囲われている。






境内社: (左)厳島神社、(右)稲荷神社
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金村神社






ハイキング立ち寄り大明神 (60)~博西神社



二月堂修二会で毎夜読み上げられる “神名帳” の神様のうち、ハイキングなどで立ち寄った神社のご紹介。

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● 博西神社 (奈良県葛城市寺口)

神名帳では、墓西大明神 [はかにしノだいみょうじん] (84) ←神名帳で読み上げられる順番


二月堂神名帳を特集した『月刊大和路ならら』(2013.2月号)では墓西大明神に対応した現神社は無しとの判断ですが、葛城市寺口にある博西神社のことではないか?
ということで、お参りしてきました。

祭神は、下照比売命(北殿)と菅原道真公(南殿)の二柱。
屋敷山古墳(国指定・史跡)の西に建てられた社であることから、かつて陵西[はかにし]神社または墓西神社と書かれたこともあったようです。
創建や由緒の詳細は不明。
現本殿は室町時代末期に建てられたもの(「一間社春日造」がぴったり並んでいる)で、国重要文化財に指定されています。
平成12年に保存修理が行われたとあって、彩色が鮮やか。

境内にある由緒書には、昔は倭文[しとり]神社と呼ばれたとあります。
倭文神社といえば、二月堂神名帳で80番目に呼ばれる委文大明神[しっとんノだいみょうじん](葛木倭文座天羽雷命神社[かつらき しどりにいます あめのはいかづちのみこと じんじゃ])が思い浮かびます。(関連記事→
博西神社から北北西に6キロメートルほどの葛城市加守にあって、大陸の織物技術が伝わる前から日本にあった織物技術とされる「倭文」の神様が祀られています。
なので、博西神社のもとの祭神は倭文氏の祖神・天羽雷命[あめのはいかづちのみこと]だったかもしれません。
博西神社から北西に2キロメートル強ほどの葛城市太田七夕にある棚機[たなばた]神社も機織に関連した神社で、この神社はもとは葛木倭文坐天羽雷命神社だったとの言い伝えがあるそうです。
二上山から葛城山にかけての東麓には、かつて機織技術者が居住していたということでしょうか。
そうであれば、中将姫が蓮糸で当麻曼荼羅を織った伝説が近くの當麻寺に伝わっているのも、その風土に由来しているように思えます。




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背景は葛城山系。







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東側に開けた境内からは、畝傍山、多武峰、音羽三山が見えます。







博西神社





ハイキング立ち寄り大明神 (59)~宗我坐宗我都比古神社



二月堂修二会で毎夜読み上げられる “神名帳” の神様のうち、ハイキングなどで立ち寄った神社のご紹介。

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● 宗我坐宗我都比古神社 (奈良県橿原市曽我町)

神名帳では、曽我大明神 [そがノだいみょうじん] (88) ←神名帳で読み上げられる順番


近鉄大阪線真菅[ますが]駅から歩いて約2分。
宗我坐宗我都比古神社[そがにいますそがつひこ じんじゃ]が鎮座しているこの一帯は、古代豪族の蘇我氏の本拠地と考えられています。
祭神は宗我都比古神と宗我都比売神。
聴き慣れない名前の神様ですが、蘇我氏の祖神のようです。




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本殿の屋根の形がちょっと珍しい。







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拝殿には、神社などでときどき見かける「歴代天皇御影」が飾られていました。(写真右側)
明治天皇、大正天皇、昭和天皇がかなりリアルな肖像画なので、
それ以前の天皇の肖像画を見ると、想像で描かれたとはいえ説得力があります。
特に古代天皇や女帝に目が行きますな。








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境内にあるお稲荷さん







万葉歌碑
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「真菅よし 宗我の川原になく千鳥 間無し吾が背子 わが恋ふらくは」


“真菅よし”は、“そが”に掛かる枕詞とのこと。
近くを流れる曽我川の川原に、昔は菅が生い茂っていたのでしょうか。
曽我町一帯はかつては真菅村と呼ばれていたため、駅名に採用されたようです。
枕詞が地名、駅名、施設名などに使われているのも、おもしろい。


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曽我川から見た二上山








宗我坐宗我都比古神社




※都民だったころ、となりの千葉県にある「蘇我」というところが気になっていました。
 現在は千葉市中央区にあるこの「蘇我」は、蘇我氏と関連があるとの説あり。



ハイキング立ち寄り大明神 (58)~天太玉命神社



二月堂修二会で毎夜読み上げられる “神名帳” の神様のうち、ハイキングなどで立ち寄った神社のご紹介。

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● 天太玉命神社 (奈良県橿原市忌部町)

神名帳では、忌部大明神 [いんべノだいみょうじん] (89) ←神名帳で読み上げられる順番


天太玉命神社[あめのふとたまのみこと じんじゃ]は、橿原市忌部[いんべ]町にあります。
主祭神の天太玉命は、古代氏族の忌部氏の祖神とされています。
天岩戸神話に登場する神で、天照大神を天岩戸から招き出すため、天児屋命(中臣氏祖神)とともに神事を行なったとされています。
天太玉命神社がある忌部町あたりが忌部氏の本拠地だったようです。
忌部氏は、平安時代に字が変わって斎部[いんべ]氏になったとのこと。




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天岩戸が開いて光が射している場面が描かれた絵馬
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画面右下に書かれた奉納者の中に「斎部」姓が数人。末裔の方でしょうか。






天太玉命神社





ハイキング立ち寄り大明神 (57)~川俣神社



二月堂修二会で毎夜読み上げられる “神名帳” の神様のうち、ハイキングなどで立ち寄った神社のご紹介。

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● 川俣神社 (奈良県橿原市雲梯町)

神名帳では、雲手大明神 [うなてノだいみょうじん] (91) ←神名帳で読み上げられる順番


川俣神社[かわまたじんじゃ]は、橿原市雲梯[うなて]町の曽我川沿いにあります。
万葉集に “卯名手の社[もり]の神” と詠まれた歌があります。
このあたりは昔から「うなて」と呼ばれてきた場所なのでしょう。
神名帳にある雲手大明神は、“雲手” に坐す神ということでしょう。
祭神は鴨八重事代主神。

前回の記事で紹介したように、埴土[はにつち]神事のため畝火山口神社へ向かう大阪・住吉大社の神職が、装束を整えるため途中の河俣神社に立ち寄るとのこと。→




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社殿が北向きなのは珍しい?






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万葉歌碑
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川俣神社





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なむさいじょう

Author:なむさいじょう



阪神エリア在住のおっさん。
時間を見つけては奈良めぐり。

※2013年までの過去記事は本サイトへインポート後、一部を除いてリンクの更新等を行なっておりませんので見苦しい部分があります。ご了承ください。
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