ハイキング立ち寄り大明神 (34)



二月堂修二会で毎夜読み上げられる “神名帳” の神様のうち、ハイキングなどで立ち寄った神社のご紹介。

続きです。



● 佐味神社

   神名帳では、佐躾大明神 [さびノだいみょうじん] (283) ←神名帳で読み上げられる順番


  長浜市高月町の 「柏原」 交差点の南側に、高い杉の木に囲まれた小さな神社があるのは、
  これまで何度か高月めぐりをしてきたので以前から気付いてはいました。
  この神社が実は二月堂神名帳に出てくる “佐躾大明神” らしいと知ったのは、割と最近のこと。
  この神社の参拝のためだけにわざわざ高月へ向かうことはないので、
  今回(2017年)の高月の観音の里ふるさとまつりに行った際、立ち寄りました。
  柏原地区の阿弥陀堂 (来光寺) を参拝したときに頂いた説明書に、佐味神社のことが書かれていました。


  - 佐味神社 (式内)
    祭神は、豊城入彦命 [とよきいりひこのみこと]。
    この神社は、阿弥陀堂のある八幡神社境内から少し離れた郷境にある、通称 「藤の宮」 と呼ぶ土地に安置されている。
    大昔、柏原郷には佐味一族がいて、その先祖を祀った神社と言われており、地区民は祖神として崇拝している。
    境内には樹齢500年を越す老杉の大木をはじめ、ケヤキ、椿などの神木に囲まれて、厳かな雰囲気に包まれている。
    また古くから多くの藤の木があったことから 「藤の宮さん」 とも呼ばれ、住民に親しまれている。 -



201710152985A.jpg








201710152984A.jpg



  佐味神社が、東大寺と若狭を結ぶ “観音ロード” (と勝手に呼んでいますが) 沿いにあるので、読み上げられるのかな?



佐味神社




※ 佐味神社は長浜市余呉町今市にもあるようです。





≪余談≫

  「柏原」 交差点から国道365号ではないほうの道を少し北に行くと雨森地区があって、
  その東側の高時川の土手道沿いに、東大寺二月堂修二会 (お水取り) の松明用に奉納される竹の林があります。
  こちらにも今回立ち寄りました。


201710152977A.jpg
この写真だと少し分かりづらいですね。
以前に立ち寄った時の写真はこちら →



ハイキング立ち寄り大明神 (33)



二月堂修二会で毎夜読み上げられる “神名帳” の神様のうち、ハイキングなどで立ち寄った神社のご紹介。

続きです。

以前の記事 ハイキング立ち寄り大明神 (15) で、未参拝ながら祝園神社を紹介しました。
先日、立ち寄ったので、写真を添えて再掲します。



● 祝園神社 (京都府相楽郡精華町大字祝園小字柞ノ森)

   神名帳では、祝園大明神 [はわそのもりノだいみょうじん] (96) ←神名帳で読み上げられる順番


  最寄駅は、JR祝園駅または近鉄・新祝園駅。徒歩約20分。
  祝園 [ほうその] は難読ですね。


    社記によれば、崇神天皇の時代にこの地で討伐された武埴安彦 [たけはにやすひこ] の亡魂が鬼神となって
    柞ノ森 [ははそのもり] に止まり、人々を悩ませていました。
    これを鎮めるため、春日大明神を勧請して創立されたのが同神社であるといわれています。
    現在に伝わる 「いごもり祭」 も、この時の斎戒沐浴しての祈願に始まるといわれています。
                                          (精華町HPから抜粋)


  神社の由緒書きには、称徳天皇の勅命により、神護景雲四年一月二十一日に創祠された、とも。
  称徳天皇ゆかりとは知らなかった。

  武埴安彦は 『日本書紀』 や 『古事記』 に登場する人物。
  崇神天皇の時代、このあたりは武埴安彦の乱の戦場となり、反乱軍兵士の多くが殺されて屍であふれた、
  このためこの地を 「羽振苑」 [はふりその] と呼ぶ、と記されています。
  [はふり] とは、「葬り」 のこと。
  「はふりその = 羽振苑 (葬園) 」 → 「ほうその」 と読みが転嫁したようです。
  「葬」 の字は縁起が良くないため、「祝」 の字が当てられたとのことです。
  「いごもり祭」 は近くの涌出宮でも行われていて、武埴安彦の鎮魂の願いが込められているらしく、
  一度は拝見したい行事です。




201709242129A.jpg








201709242131A.jpg








201709242140A.jpg








201709242139A.jpg








201709242137A.jpg








201709242136A.jpg








201709242133rA.jpg








201709242132A.jpg









武埴安彦処刑地
201709242128A.jpg






201709242127A.jpg

祝園神社から少し南に行ったところにある。







祝園神社





ハイキング立ち寄り大明神 (32)



二月堂修二会で毎夜読み上げられる “神名帳” の神様のうち、ハイキングなどで立ち寄った神社のご紹介。

続きです。




● 下居神社

   神名帳では、下居大明神 [おりいノだいみょうじん] (219) ←神名帳で読み上げられる順番


  桜井市観光協会のHPから抜粋すると、
    下居 [おりい] 神社は、境内が下 [しも]、浅古、倉橋の三つの大字の境にある旧村社で、式内社。
    参道入口は多武峰街道に面しているが、本殿まで500メートルぐらいある。
    途中に弘化三年銘の金毘羅大権現の碑があり、やがて入母屋造りの拝殿に着く。
    本殿は檜皮葺の春日造りで、祭神は彦八井耳命 [ひこやいみみのみこと]。

  下居神社近くの倉橋というところには、崇峻天皇の倉梯柴垣宮 [くらはししばがきのみや] があったらしく、
  神社はその鎮守社だったようです。
  592年、蘇我馬子の命を受けた東漢駒によって崇峻天皇が暗殺されたため、
  天皇の子の蜂子皇子 [はちこのおうじ] は身の危険を感じて都を脱出。
  出羽 (今の山形県庄内地方) にたどり着き、出羽三山神社 (月山神社、出羽神社、湯殿山神社) を開山したといいます。
    ※出羽三山神社HP →
  多くの摂社末社の中に、下居社があるそうです。
  懐かしい故郷にある下居神社を分霊したのでしょう。
  蜂子皇子を祭神とする蜂子神社もあるそうですから、現地ではかなり有名なのでしょう。
  (奈良でも有名な人?)

  ところで、風変わりな名前の蜂子皇子の肖像画を見ると、不気味な顔で描かれています。→
  非凡な能力を持っていたことを暗示しているのかも知れません。




下居神社 (桜井市)
201706100834A.jpg

聖林寺参拝の折に立ち寄りました。








下居神社








蜂子皇子墓


皇族なので宮内庁管理になっている。





ハイキング立ち寄り大明神 (31)



二月堂修二会で毎夜 “神名帳” で読み上げられる御霊さんの紹介。(その4)



● 長屋王

   神名帳では、大道御霊 [おおみちノごりょう] (447) ←神名帳で読み上げられる順番



  長屋王は、天武天皇の孫で、高市皇子の子。
  長屋王の邸宅跡に建てられた奈良そごうが撤退し、そのあとにできたイトーヨーカドーも撤退とのこと。
  例の噂が流れていますね。


長屋王墓

201702256704A.jpg








201702256712A.jpg








201702256713A.jpg








201702256715A.jpg








近くに妃の吉備内親王の墓がある。
201702256722A.jpg







201702256723A.jpg
父は「岡宮天皇」こと草壁皇子、母は元明天皇。






長屋王墓








● 菅原道真

   神名帳では、天満天神 [てんまんてんじん] (443)



  菅原道真のお墓の上に、大宰府天満宮の社殿が建てられています。
  東大寺とあまり縁が無さそうなのに、なぜ二月堂神名帳に御霊さんで登場するのか。

  ワタクシの素人考え:
    修二会本行期間中の3月5日と12日に読み上げられる過去帳。
    その中に “長官時平大臣” [ちょーがん しへいの おとど] があるからではないか?
    この人、左大臣・藤原時平と推測しているのですが、道真を大宰府へ追いやった人です。
    実は東大寺の俗別当の職にも就いていたので、過去帳に載るのは不自然ではない。
     (俗別当とは、俗人身分のままで寺院を統括する管理責任者のこと)
    となると、大宰府で失意の中、亡くなった道真としては面白いはずがなかろう、
    ここはひとつ派手にタタってやろうと道真は考えるかも、やばいんじゃね? と当時の人は怖れ、
    丁重に慰霊しようと御霊の段に加えた(のかな?)。


  ずいぶん以前に太宰府天満宮を参拝しましたが、デジタル写真はありません。
  門前で買い求めた梅ヶ枝餅が、すこぶる美味しかったのを覚えています。



奈良・初瀬におわすブチ切れ寸前の天神さん
20110724-1-03.jpg




大宰府天満宮








● 大津皇子

   神名帳では、葛下郡御霊 [かっげくんノごりょう] (449)



  なぜこの方が神名帳の一番最後に登場するのでしょうか。

  大阪府と奈良県の境にある二上山の雄岳頂上付近に、大津皇子の墓とされる場所があります。
  二上山には何度か登りましたが、昨年2016年はかぎろひさんたちとご一緒させていただきました。→
  このときは初めて大阪側へ下りました。


大和八木発新宮行きのバスから見た二上山
201611124792-0111.jpg
(国道166号、今里東交差点付近)



  最近では、二上山の葛城市側の麓にある鳥谷口古墳が実際の墓であるとする説が有力です。

鳥谷口古墳






大津皇子坐像

(図録から拝借)

興福寺の阿修羅像と同じように、愁いを含む表情のこの像も人気ですね。




※ 二月堂修二会で毎夜読み上げられる “神名帳” の神様のうち、ハイキングなどで立ち寄った神社を紹介してきましたが、
  機会があれば今後も追加していくつもりです。



ハイキング立ち寄り大明神 (30)



二月堂修二会で毎夜 “神名帳” で読み上げられる御霊さんの紹介。(その3)



● 淳仁天皇

   神名帳では、西寺御霊 [さいじノごりょう] (441) ←神名帳で読み上げられる順番


  淳仁天皇は天武天皇の孫で、舎人親王の子。
  藤原仲麻呂の乱ののち、淡路国に配流されました。
  淡路廃帝 [あわじはいたい] とも呼ばれます。
  廃帝は幽閉先から逃亡を図るも捕まり、引き戻された翌日の天平神護元年(765)10月23日に33歳で亡くなりました。
  自然死ではなさそうです。


淳仁天皇・淡路陵 (兵庫県南あわじ市賀集)

201604304830A.jpg








201604304837A.jpg








201604304831A.jpg








201604304832A.jpg




≪余談≫

 淳仁天皇の現存する唯一の宸筆 「宜」。

201604304995-1111.jpg
(図録から拝借)






淳仁天皇陵










● 藤原仲麻呂 (恵美押勝)

   神名帳では、先生御霊 [せんじょうごりょう] (444)


  光明皇后の甥。淳仁天皇の後見人でもありました。
  反乱 (藤原仲麻呂の乱) を起こして敗れ、捕らえられて斬首。
  東大寺との関係もいろいろあったので、藤原仲麻呂を御霊さんとして扱うのでしょうね。



法隆寺献物帳の中で書かれている 「仲麻呂」 のサイン。
20100408-11.jpg

本人の直筆です。
達筆とは言えませんね。




勝野の鬼江


現在の高島市勝野あたりの湖畔で、捕えらえられた仲麻呂と妻子、従者34人が処刑された。
天平宝字八年(764)9月18日のこと。




ハイキング立ち寄り大明神 (29)



二月堂修二会で毎夜 “神名帳” で読み上げられる御霊さんの紹介。(その2)



● 井上内親王

   神名帳では、霊安寺御霊 [りょーあんじノごりょう] (440) ←神名帳で読み上げられる順番


  井上 [いのえ (いがみ) ] 内親王は聖武天皇の皇女で、光仁天皇の皇后。
  皇后を廃された井上内親王とその息子・他戸 [おさべ] 親王は、幽閉先 (現在の五條市) で
  宝亀六年(775年)4月27日に亡くなりました。
  二人とも同じ日に亡くなるという不自然さに、暗殺されたとの説が有力です。
  井上内親王57歳、他戸親王13歳でした。 (奈良時代にあっては、かなりの高齢出産ですね)
  その後、天災飢饉が相次ぎ、母子のタタリと怖れられ、慰霊のために霊安寺とその隣に御霊神社が創建されました。
  霊安寺は御霊神社の神宮寺でしたが、明治時代初めに廃寺となり、建物・仏像・仏具などは近くの満願寺に引き取られたため、
  現在は御霊神社だけが残っています。



井上内親王・宇智陵 (五條市御山町)

201703187921A.jpg








201703187918A.jpg








201703187924aA.jpg

柿畑が広がる高台にあります。









御霊神社 (五條市霊安寺町)
201703187932A.jpg





2017年10月21・22日、井上内親王生誕1300年祭が予定されています。
201703187936A.jpg








寺院は消滅しても地名にその名が残っています。
201703187903A.jpg






井上内親王陵










● 他戸親王

   神名帳では、木辻御霊 [きつじノごりょう] (446)


  井上内親王陵から北へ約600m。
  丘の上の小さな森が、他戸親王のお墓。
  お母さんに見守られているように思えます。


201703187931aA.jpg

背景は金剛山。








201703187915A.jpg








201703187911A.jpg





他戸親王墓






≪余談≫
  井上内親王と他戸親王ゆかりの地を巡るのに参考になるイラストマップ。
  今年2017年、井上内親王の生誕1300年にあたり、五條市が製作したもの。 (新聞記事 →

201703187988A.jpg





201703187989A.jpg





IMG_7991A.jpg
お母さんがいつも近くにいるから安心だね。







● 県犬養広刀自

   神名帳では、普光寺御霊 [ふこーじノごりょう] (442)


  県犬養広刀自 [あがたの いぬかいの ひろとじ] は、聖武天皇の夫人。
  子は井上内親王・不破内親王・安積親王、孫は酒人内親王・他戸親王・・・・。
  広刀自さんは天平宝字六年(762) 10月14日に亡くなっています。
  ご自身は不自然な亡くなり方ではなさそうですが、子や孫の多くは非業の死を遂げたり、不幸な人生を強いられました。
  あの世で悲嘆に暮れ、子や孫を不幸に陥れた者を恨んでいて、タタラれるに違いないと
  心当たりのある者は震え上がったのでは?
  それにしても、広刀自さんの墓所はどこにあるのでしょうか?




ハイキング立ち寄り大明神 (28)



二月堂修二会で毎夜 “神名帳” で読み上げられる御霊さんの紹介。(その1)

二月堂神名帳は全9段で構成されていて、最終段は 「御霊の段」 と言われます。
御霊 [ごりょう] とは、政治的に失脚させられたり、無実の罪を着せられたりして、非業の死を遂げた人の霊。
天災や疫病で大きな被害が出ると、恨みを抱いて死んでいったであろうこれらの人のタタリだと昔の人は怖れました。
御霊神社はこのような人々の鎮魂のためにあるといいます。
修二会でも、神名帳の読み上げで、御霊さんの魂を慰めている訳です。

読み上げられる御霊さんは11名。
声を低くして、丁重に読み上げられます。

  八島御霊 [やしまノごりょう]
  霊安寺御霊 [りょーあんじノごりょう]
  西寺御霊 [さいじノごりょう]
  普光寺御霊 [ふこーじノごりょう]
  天満天神 [てんまんてんじん]
  先生御霊 [せんじょうごりょう]
  氷室御霊 [ひむろノんーン ごりょう]
  木辻御霊 [きつじノごりょう]
  大道御霊 [おおみちノごりょう]
  塚上御霊 [つかのうえノごりょう]
  葛下郡御霊 [かっげくんノごりょう]


名前を直接言うのが憚られるのか、婉曲な表現になっているようです。
"天満天神” は、菅原道真のことだと分かりますが、そのほかは素人には分かりません。
修二会研究の第一人者・佐藤道子先生は、2名を除いて御霊さんを特定されています。

  八島御霊 → 早良 [さわら] 親王 (光仁天皇の子で、生母は高野新笠。崇道天皇とも呼ばれる)
  霊安寺御霊 → 井上 [いのえ(いがみ)] 内親王 (聖武天皇の皇女で、光仁天皇の皇后)
  西寺御霊 → 淳仁天皇 (天武天皇の孫で、舎人親王の子。淡路廃帝)
  普光寺御霊 → 県犬養広刀自 [あがたの いぬかいの ひろとじ] (聖武天皇の夫人。井上内親王の母)
  天満天神 → 菅原道真
  先生御霊 → 藤原仲麻呂
  氷室御霊 → (不明)
  木辻御霊 → 他戸 [おさべ] 親王 (光仁天皇の子で、生母は井上内親王)
  大道御霊 → 長屋王
  塚上御霊 → (不明)
  葛下郡御霊 → 大津皇子


御霊さんになったそれぞれの経緯は、長くなるので省略します。 (あしからず)



ということで、これまでに訪問した御霊さんゆかりの場所を紹介します。

まずは、

● 早良親王 (崇道天皇)

   神名帳では、八島御霊 [やしまノごりょう] (439) ←神名帳で読み上げられる順番


  崇道天皇陵 (八嶋陵) は、奈良市八島町にあります。
  亡くなったあとに崇道天皇 [すどうてんのう] と追号されましたが、
  皇位継承していないので歴代天皇には数えられていません。


201702256742aA.jpg








201702256747A.jpg








壁で囲っているのは怨霊封じ?
201702256751A.jpg








201702256750A.jpg








嶋田神社 (八嶋陵から東へ徒歩約5分)
201702256760A.jpg

祭神は、神八井耳命 [かむやいみみのみこと] と早良親王。








早良親王を祀る崇道天皇社は、奈良市西紀寺町にある。
201405310191A.jpg






崇道天皇陵





ハイキング立ち寄り大明神 (27)



二月堂修二会で毎夜読み上げられる “神名帳” の神様のうち、ハイキングなどで立ち寄った神社のご紹介。

続きです。

今回は、二月堂を取り囲むように鎮座している興成社 [こうじょうしゃ]、飯道社 [いいみちしゃ]、遠敷社 [おにゅうしゃ]。
惣神所 [そうのじんじょ] といって、練行衆は修二会本行が始まるときにこの鎮守三社を巡拝して、
その開白を告げるとともに、満行までの加護を祈願します。
満行のときも同じように惣神所があり、無事満行できたことを感謝します。





● 興成神社

   神名帳では、興成大菩薩 [こーじょーだいぼぉさぁ] (4) ←神名帳で読み上げられる順番

  東大寺を取り巻く八興神のひとつ。
  江戸時代には境内に8社すべてが存在していましたが、現在残っているのはここだけ。
  二月堂の西側、良弁杉の隣りに鎮座。


興成神社

201703057047A.jpg








201603123436aA.jpg









● 飯道神社

   神名帳では、飯道大明神 [いーみちノだいみょうじん] (28)


  再掲です。
  二月堂の南東側に鎮座。
  本社は、滋賀県甲賀市の飯道山 [はんどうさん] にあります。
  紫香楽宮の鬼門の方向に鎮座しています。
  初期東大寺の建物の用材が信楽産ということもあって、二月堂の鎮守社として勧請されたのでしょうか。



飯道神社

201304296835aA.jpg
修二会期間には御幣がある。




≪余談≫

飯道神社 (滋賀県甲賀市)

201304296225A.jpg








201304296236A.jpg

高野山を焼き討ちから救い、中興した木食応其 [もくじき おうご] の墓が近くにあります。




飯道山中腹から見た紫香楽宮跡 (現、信楽町宮町)
201304296220A.jpg









● 遠敷神社

   神名帳では、小入大明神 [おにうノだいみょうじん] (30)


  [おにゅう じんじゃ] と読みます。
  二月堂の北東側に鎮座。
  遠敷明神は二月堂へ勧請されるも、釣りに夢中になって遅参したため閼伽水を献上した伝説で知られています。
  練行衆が二月堂へ入る直前に、登廊の最上段あたりでパンパンと柏手を打ってお参りしているのはこの遠敷神社です。


遠敷神社

201609172799A.jpg








開山堂から見た遠敷社 (二月堂の左奥に見える鳥居)
201612165608aA.jpg




ハイキング立ち寄り大明神 (26)



二月堂修二会で毎夜読み上げられる “神名帳” の神様のうち、ハイキングなどで立ち寄った神社のご紹介。

続きです。




● 手向山八幡宮 (奈良市雑司町)

   神名帳では、八幡三所大菩薩 [はっまんさんじょノだいぼぉさぁ] (2) ←神名帳で読み上げられる順番

  東大寺の鎮守社。
  三所の八幡さんのうち、二所目は勧請元の宇佐八幡宮で決まりでしょう。
  残る一社は、石清水八幡宮、筥崎宮、鶴岡八幡宮のいずれかでしょうか。



手向山八幡宮

201405310205A.jpg








201702256818aA.jpg








201402097302A.jpg








201502140029A.jpg





ここも燃やしました。
0011-21.jpg
(平重衡)


現在地に再建される前は、東大寺大仏殿の南側にある鏡池のあたりにありましたが、
治承4年(1180) 12月28日、シゲさんに燃やされました。



手向山八幡宮




≪余談≫

  手向山八幡宮の大黒殿に、奈良町の樫舎さんが出張していたことがあった。
  樫舎さんのお菓子を初めて頂いたのはここでした。
  そのときに頂いたのは 「水無月」 。

201107026598A.jpg






201107026599aA.jpg







● 率川坐大神御子神社 (奈良市本子守町)

   神名帳では、率河大明神 [いざかわノだいみょうじん] (94)


  [いざがわにます おおみわみこ じんじゃ] が正式な社名。
  通称、率川 [いさがわ] 神社。
  大神 [おおみわ] 神社の境外摂社。
  6月17日に行われる三枝祭 [さいくさのまつり] は、ゆり祭りともいい、
  三輪山の麓の狭井川の近くで咲く笹ゆりが、JR電車に乗ってきて奉納されます。
  大神神社にある説明板によると、三島由紀夫は 『豊饒の海』 4部作の第二巻 『奔馬』 の執筆にあたって、
  古神道の研究のため、昭和41年6月、率川神社の三枝祭に参列しました。
  その 『奔馬』 には、「これほど美しい神事は見たことがなかった」 と三枝祭が語られています。



率川坐大神御子神社

2011102253400031A.jpg








2011102253400028A.jpg








2011102253400029A.jpg



※ 公式HP →


ここも燃やしました。
0011-21.jpg
(平重衡)



率川坐大神御子神社








● 白山比咩神社 (石川県白山市三宮町)

   神名帳では、白山大菩薩 [しらやまノだいぼぉさぁ] (20)


  [しらやまひめ じんじゃ] と読みます。
  加賀一宮・白山比咩神社は、全国にある白山神社の総本社。
  白山 (標高2,702m) がご神体で、祭神は白山比咩大神 ( 菊理媛尊 [くくりひめのみこと] ) 。

※ 公式HP →



白山比咩神社




  実は総本社へ行ったことがありませんので、奈良市の出張所(?)をご紹介。

白山比咩神社 (奈良市藤原町)

201702256766A.jpg








201702256769A.jpg








201702256770A.jpg




白山比咩神社 (奈良市藤原町)






ハイキング立ち寄り大明神 (25)



二月堂修二会で毎夜読み上げられる “神名帳” の神様のうち、ハイキングなどで立ち寄った神社のご紹介。

続きです。




● 龍田大社 (生駒郡三郷町立野南)

   神名帳では、竜田大明神 [たつたノだいみょうじん] (46) ←神名帳で読み上げられる順番


  風の神様です。
  毎年7月に行われる風鎮大祭の風神花火が知られています。



龍田大社

201702256740A.jpg








201702256739A.jpg








201702256732A.jpg








201702256733A.jpg



※ 公式HP →



龍田大社








● 矢田坐久志玉比古神社 (大和郡山市矢田町)

   神名帳では、矢田大明神 [やたノだいみょうじん] (403)


  [やたにいます くしたまひこ じんじゃ] と読みます。
  祭神は櫛玉饒速日命 [くしたまにぎはやひのみこと] と御炊屋姫命 [みかしやひめのみこと]。
  ニギハヤヒは物部氏の祖神とされ、降臨の際、天磐船 [あめのいわふね] に乗って空を飛んできたということから、
  航空祖神として祀られています。
  ニギハヤヒが天磐船から3本の矢を放ち、二の矢が落ちたこの場所に神社が建てられたといいます。
  二月堂へはマイ飛行機でやってくる?



矢田坐久志玉比古神社

201206028014aA.jpg








航空の神様にちなんで奉納されたプロペラ
201206028016A.jpg








201206028019aA.jpg






矢田坐久志玉比古神社




検索フォーム
プロフィール

なむさいじょう

Author:なむさいじょう



阪神エリア在住のおっさん。
時間を見つけては奈良めぐり。

※2013年までの過去記事は本サイトへインポート後、一部を除いてリンクの更新等を行なっておりませんので見苦しい部分があります。ご了承ください。
※過去記事へのコメントも歓迎。

最新記事
最新コメント
カテゴリ
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

RSSリンクの表示
QRコード
QR