ハイキング立ち寄り大明神 (47)



二月堂修二会で毎夜読み上げられる “神名帳” の神様のうち、ハイキングなどで立ち寄った神社のご紹介。

続きです。



● 池坐朝霧黄幡比売神社 (奈良県田原本町法貴寺)

   神名帳では、池咩大明神 [いけひめノだいみょうじん] (85) ←神名帳で読み上げられる順番


  池坐朝霧黄幡比売 [いけにいます あさぎり きはたひめ] 神社と読みます。
  通称、池神社。
  渡来人の秦氏ゆかりの神社で、機織りの女神が祀られています。
  祭神は、天万栲幡千千比売 [あめのよろづ たく はた ちぢひめ] と菅原道真。

  境内にある由緒書によると、
  祭神の栲幡千千比売命は機織り(幡)の神で、
  推古帝二十四年(615)に聖徳太子草創の法貴寺伽藍を賜った秦氏がその祖神守り神として崇敬した古社である、
  また法貴寺記録によれば、天慶九年(946)九月十九日に北野天満宮より菅原道真公を勧請し相殿した由が見える、
  古来、法貴寺天神又は天満宮として遍く知られており、法貴寺(長谷川氏の氏寺)の鎮守神として信仰を集めていた、
  とのこと。

  (注)栲幡千千比売命は、ニニギの命のお母さんでもある。
     「栲」はコウゾなどの木の皮の繊維で織った布のこと。
     長谷川氏はこのあたり本拠とした在地豪族。長谷川は大和川の別名だった初瀬川のこと。





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村屋坐弥冨都比売神社から大和川沿いに歩いて約30分。







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法貴寺天神とも
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社殿は西に向いています。







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天神と言えば梅
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境内には天満宮と法貴寺が彫られた石灯籠
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灯篭の向こうにはかつての法貴寺の鐘楼と山門、もっと向こうには法貴寺千万院(薬師堂)が見える。






≪余談1≫

 地名に残る法貴寺は法隆寺よりも前に聖徳太子により創建され、秦河勝に賜ったもので、当初は法起寺と命名されたとのこと。
 江戸初期には13院も有する大寺院だったようですが、その後衰退して明治の廃仏毀釈で千万院だけとなり、
 現在は千万院の僧坊もなく、かろうじてその薬師堂、山門、鐘楼が神社の北側に残されています。




法貴寺千万院(薬師堂)
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もちろん当初の建物ではありません。
堂内に安置されている数体の仏像は、格子戸越しに外から拝めることができます。
平安時代に作られた不動明王像は国重要文化財に指定されています。




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池坐朝霧黄幡比売神社








≪余談2≫

 田原本町の各所にある古跡説明板は他所とは違ってとても詳しく解説してあって、歴史散策の楽しみが増します。
 前回の記事で紹介した村屋坐弥冨都比売神社の近くにある岐多志太[きたした]神社にも、興味深い内容の説明がありました。


岐多志太神社
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右奥は三輪山







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 ・同じ田原本町にある鏡作坐天照御魂神社と同じ祭神(鋳物・金属加工の神)が祀られていること
 ・「岐多志太」は「鍛冶師田」の万葉仮名文字の表記ではないか
 ・このあたり(大字大木)には「カヂヤカイト」、「カンヂヤウ」の小字名があり、鍛冶師に係わる地名か
 ・祭神は芸能の神でもあり、このあたりに「フエフキ」、「ツツミウチ」、「ヒョシダ」の小字名もあり、雅楽に関連する地か




 カヂヤカイトは「鍛冶屋垣内」でしょうか。
 「字」の名前は昔の記憶を留めている場合があるので、このまま無くさないで欲しいですね。



ハイキング立ち寄り大明神 (46)



二月堂修二会で毎夜読み上げられる “神名帳” の神様のうち、ハイキングなどで立ち寄った神社のご紹介。

続きです。



● 村屋坐弥冨都比売神社 (奈良県田原本町蔵堂)

   神名帳では、杜屋大明神 [もりやノだいみょうじん] (92) ←神名帳で読み上げられる順番


  村屋坐弥冨都比売 [むらやにいます みふつひめ] 神社 (通称、村屋神社) の主祭神は、
  三穂津姫[みほつひめ] (弥冨都比売)で、一緒に祀られている大物主とは夫婦の間柄だそうです。
  大物主といえばここから5kmほど南東にある大神神社の祭神なので、
  その奥さんを祀る村屋神社は大神神社の別宮とされているそうです。
  神名帳にある 「杜屋」 は、村屋の別表記です。
  『日本書紀』 に、壬申の乱で村屋神の神託によって大海人軍が神社の近くの中ツ道で近江軍を破った話があるので、
  創建はもっと前になりますね。


  神社のホームページ →




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村屋神社 (摂社)
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物部守屋を祀る物部神社 (摂社)
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久須々美神社 (摂社)
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祭神は鍛冶神。
このあたりには鏡作神社など鍛冶に係る神を祀る神社が多く、鍛冶職人が多くいたことが分かる。








村屋神社の東側を流れる大和川から見た龍王山と三輪山
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川にゴミがたくさん浮いているのが玉にキズ。








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  ご朱印には当日ではないにもかかわらず、2月11日に行われる「御田植祭」を書いていただきました。
  とてもありがたいことでしたが、三穂津姫が持つ稲穂がかすれているのが少し残念。
  お尋ねすると、宮司家の名字が守屋なのは物部守屋の子孫だからと伝わっているが、
  本当かどうかは分からないとのことでした。





村屋坐弥冨都比売神社





ハイキング立ち寄り大明神 (45)



二月堂修二会で毎夜読み上げられる “神名帳” の神様のうち、ハイキングなどで立ち寄った神社のご紹介。

続きです。



● 鴨都波神社 (奈良県御所市宮前町)

   神名帳では、下賀茂大明神 [しもつかもノだいみょうじん] (44) ←神名帳で読み上げられる順番


  以前に紹介済みですが、今回現地参拝したので再掲します。
  [かもつば] 神社の創建は崇神天皇の時代。
  ピンときませんが、とにかく古いということです。



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※ 公式HP →





  ススキ提灯献灯行事で知られています。
  以前、平城宮跡で行われた大立山まつりでこの行事の見どころを拝見しました。
  このまつりで拝見したいろいろな行事のなかで、一番気に入りました。
  現地に行くことがなかなか難しい県外者にとって、一部であれ祭りの様子を見られたのはとてもよかった。
  機会があれば現地で拝見したいものです。




ススキ提灯 (大立山まつり2016)

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鴨都波神社






ハイキング立ち寄り大明神 (44)



二月堂修二会で毎夜読み上げられる “神名帳” の神様のうち、ハイキングなどで立ち寄った神社のご紹介。

続きです。



● 葛城一言主神社 (奈良県御所市森脇)

   神名帳では、一言主大明神 [ひとことぬしノだいみょうじん] (42) ←神名帳で読み上げられる順番


  [かつらぎ ひとことぬし] 神社の創建も不詳とのこと。
  祭神の一言主大神は、雄略天皇が葛城山で狩をしていたときに現れ、
  「吾は悪事[まがごと]も一言、善事[よごと]も一言、言離[ことさか]の神、葛城の一言主の大神なり」
  と言ったそうです。
  「言離」とは、一言で解決すること。
  そういうことから、一言であればどんな願いごとも聴いてくださる神様として信仰されてきたと、
  境内の説明書きにある。
  願いごとを聴いて下さるのであって、叶えてくださるとは書かれていないのが、微妙なところ。
  ワタクシ、少々誤解しておりまして、
  いろいろな願いごとのうち、ひとつだけ叶えてくれる神様と思っていました。

  各地にある一言主神社の総本社と言われています。
  春日大社の境内にも分社があって、こちらも人気ですね。



一の鳥居
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背後の山は葛城山








二の鳥居
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土蜘蛛の塚 (境内)
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二の鳥居の脇にある土蜘蛛の塚
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≪余談1≫

一陽来復守り  [いちよう らいふく まもり]
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 「幸運が巡ってくる、金銀経済で融通無碍の力を得、また難儀に遭遇するときはその魔を滅し、
これを福に転じ、一年間の無事息災を祈祷したお守り」、だそうです。
 冬至の二日前から節分までの期間限定で授与されるこのお守り。
 冬至、大晦日、節分のいずれかの日の夜中12時(日が変わるとき)に玄関内の高いところに、
 恵方に向けて(今年2019年は東北東)貼ること、と条件が厳しい。
 1秒でも遅れたらアウトなのか、そのあたりを確認するのを忘れました。
 お守りの中に、小さな丸いものと葉っぱのようなものが入っているのがぼんやり透けて見えます。
 境内の説明板の内容からすると、南天の実と葉っぱなのかな。
 このお守りとともに、家族の人数分の肌守りも授与いただけます。





≪余談2≫

 近くの高天彦神社にも土蜘蛛の塚があります。


土蜘蛛塚 (境内)
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蜘蛛窟 (高天彦神社の東にある林の中)
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土蜘蛛の住みかとの言い伝え。



 葛城山東麓には、朝廷側に滅ぼされた土蜘蛛(先住民の蔑称)がいたことを暗示しているのではと考えます。





≪余談3≫

 葛城山の山頂近くには、雄略天皇の狩場の跡がある。


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≪余談4≫

 祇園祭の後祭にお出ましする役行者山では、役小角、一言主大神、葛城神(女神)の三体の人形が御神体。
 葛城山から大峰山まで石橋を架けるよう役小角から命令されて、
 なぜか使われる立場になっている一言主の神さまは鬼のような感じです。


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(京都・役行者山会所にて)







葛城一言主神社


JR玉手駅の近くに、役小角の出生地と伝わる吉祥草寺がある。





ハイキング立ち寄り大明神 (43)



二月堂修二会で毎夜読み上げられる “神名帳” の神様のうち、ハイキングなどで立ち寄った神社のご紹介。

続きです。



● 葛木御歳神社 (奈良県御所市東持田)

   神名帳では、三歳大明神 [みとしノだいみょうじん] (45) ←神名帳で読み上げられる順番


  葛木御歳 [かつらぎ みとし] 神社の創建は不詳とのことですが、
  古代豪族の葛城氏が支配していた頃(4世紀~5世紀?)までさかのぼるかも知れません。
  背後にある御歳山が神体山です。

  神社のホームページ →



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神社の横にカフェがあります。
食事は予約制のようです。








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現在の本殿は、江戸時代に春日大社の本殿第一殿を移築したもの(春日移し)です。








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神社近くからの金剛山と葛城山
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あと1時間もすれば、青空が広がって陽が射したのですが。。。残念




  参拝後、ご朱印を頂くつもりでいたのですが、
  境内の横で宮司さんたちが神事用の注連縄を作っている最中だったので諦めました。

  こちらの宮司さん、少し変わった経歴の方です。→





葛木御歳神社





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なむさいじょう

Author:なむさいじょう



阪神エリア在住のおっさん。
時間を見つけては奈良めぐり。

※2013年までの過去記事は本サイトへインポート後、一部を除いてリンクの更新等を行なっておりませんので見苦しい部分があります。ご了承ください。
※過去記事へのコメントも歓迎。

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