東山魁夷展


京都国立近代美術館で開催中の 「東山魁夷展」 。 (2018年8月29日~10月8日)
京都では30年ぶりの大回顧展、しかも現在修理中の唐招提寺御影堂の障壁画が展示されています。

  ※ 東山魁夷展特設サイト →



京都国立近代美術館の前のモニュメントは、ふすまっぽくしたデザイン

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静謐。

聞こえてくるのは、せせらぎ、遠くの滝の音、風が揺らす葉の音。
絵を前にして、いつまでも佇んでいたい。


岩絵具の微妙なニュアンスは、画集や図録では分かりません。
「松庭」 で描かれている松は、図録では緑色の塊でしか見えませんが、実際によく見ると松葉の線がちゃんと描かれています。
雪や水が描かれている作品などでは、使われている絵の具に雲母が含まれていて、角度を変えて見るとキラッと輝きます。
「行く秋」 では、黄色いカエデの葉で覆われている画面の周囲に金粉がちりばめられており、カエデの葉にも金泥(?)が使われていて、やはり角度を変えて見ると輝きます。
やはり本物を見るに如くは無し。
「白夜光」 は、所蔵する東京国立近代美術館に行ってよく見た作品で、ン十年ぶりの再会でした。
ワタクシが好きな晩秋の里山を描いた作品は、残念ながらこの展覧会にはありませんでした。

今回の目玉は、唐招提寺御影堂の障壁画でしょう。
御影堂で何度か見たことはありますが、鑑真和上像の厨子のある松の間の<揚州薫風>(御影堂では全体を見渡せません)も含めて、展示会場で再現されたそれぞれの間で各障壁画が展示されています。
これは見ごたえあり。




<夕星>
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(チラシから拝借)


画伯の作品には水鏡を扱ったものがいくつかあり、この絶筆作品もそのひとつ。
少しサイズが小さくて分かりづらいかも知れませんが、よく見てください。
なにかおかしいと思いませんか?
空に輝いている星。
水面に映っていないのです。
この星は画伯そのものなのかも知れません。





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(チラシから拝借)





この日、関連イベントの講演会があり、聴講しました。
講師は唐招提寺長老の西山明彦師。
「鑑真和上の教え」 という演題でしたが、御影堂の障壁画制作当時の写真やウラ話(?)が面白かった。
当時、画伯の対応をされたのは森本孝順長老で、西山師は「小僧」だったそう。
森本長老は厳しい方だったと何度もおっしゃっていたので、何度も怒られていたことが分かりました。

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ところで、どこかで西山長老をお見かけしたことがあるような、と思って記憶をたどると、奈良・伝香寺の地蔵会(着せ替え法要)でお見かけしたお坊さんだ!
伝香寺のご住職でもあったのです。
そういえば、伝香寺は鑑真和上の弟子の思託 [したく] が開基と伝えられていて、唐招提寺の末寺なのです。




≪余談1≫

 神戸市立博物館のエントランスホールには、東山魁夷画伯の原画によるタペストリーが掛けられています。
 正確には、「いました」。
 現在、工事のため休館中で、2019年11月にリニューアル・オープン予定。


<■江月明>
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( ■:サンズイ+「離」 の字)



 東山魁夷画伯は、神戸ゆかりの人物でもあります。
 3歳から18歳まで神戸に住んでいました。
 須磨の浦、六甲山、摩耶山へよく行って写生したそうです。



≪余談2≫

 京都国立近代美術館の所蔵作品にはアンセル・アダムスの写真があり、「東山魁夷展」 と並行して開催されているコレクション展で作品が数点展示されています。
 ワタクシの大好きな写真家のひとりで、展示されているのはオリジナル・プリント。
 モノクロ・プリントのシャドウのグラデーションのなんと美しいことか。
 作品を通して感じる大自然への畏敬の念というものは、東山魁夷の作品にも通じているような気がします。
 さらに余談で、ワタクシの購入した写真集のひとつにアンセル・アダムス写真集「アメリカ原風景」がある。



「鈴木松年」展


鈴木松年 [すずき しょうねん] と聞いて、どれほど知っている人がいるでしょうか。
現在ではほとんど忘れられていますが、明治から大正にかけて京都を中心に活躍した日本画家です。
曾我蕭白に私淑したため画風も豪放、迫力のある作品が多く、
“今蕭白” [いま しょうはく] と言われるほどだったそうです。
日本画家・上村松園の最初の師でもありました。
今年2018年で生誕170年、没後100年となる鈴木松年の展覧会が、香雪美術館(神戸市東灘区) で開かれています。
京都の祇園祭に係る屏風なども展示されています。


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  ※以下の説明では、展覧会のチラシや出品リストを参考(一部拝借)。






【宇治川橋合戦図屏風】 絹本着色 6曲1双、明治44年(1991)、浄妙山保存会


全体
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左双
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右双
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  治承4年(1180) 5月26日、以仁王・源頼政率いる源氏軍と、平重衡・平維盛率いる平家軍が宇治川で橋合戦。
  平家方からの矢が飛び交う中、先陣に向かおうとしている三井寺の僧兵・筒井浄妙が武器を失って
  敵の猛攻にさらされていたところ、後ろから来た一来法師 [いちらい ほうし] が
  「悪いけど、先行くでぇ~!」 と叫んで(?)、浄妙の頭上を飛び越えて先陣をとる場面は、
  『平家物語』 でよく知られていて、昔から題材としてしばしば描かれてきました。
  折れた太刀を手にたじろぐ浄妙と、薙刀を手に滑空する一来の躍動感と緊迫した様子が、
  画面を横切るように架かる宇治橋に大胆に配置されています。
  6曲1双という大画面なので、大迫力です。




【角力図押絵貼屏風】 紙本着色 2曲1隻、絵:明治6年(1873)、書:大正時代、立命館大学(長江家旧蔵)

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  京都市指定有形文化財の 「長江家住宅」 は、京都を代表する京町屋のひとつ。
  NHK-BSプレミアムのドラマ 「京都人の密かな愉しみ」 のロケ地として使われたこともあります。
  祇園祭・前祭の宵山の期間にあわせて会所の近くなど各所で屏風祭が行われますが、
  「船鉾」 の前にある長江家住宅でも屏風祭をやっています(有料)。
  そのときに屋内の座敷で展示される屏風のひとつがこれ。
  今回の 「鈴木松年」 展については、奥の部屋に置いてあった展覧会のチラシを見つけて知ったのでした。




【仁王像】 紙本着色 2面、明治19年(1886)、平等寺(因幡堂)

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  京都の平等寺本堂の須弥壇裏を飾っているこの絵は、つい最近になって鈴木松年のものと分かったそうです。
  2016年の京都非公開文化財特別公開のとき、頭に頭巾を乗せた本尊・薬師如来さんをお参りした際、
  この仁王像も拝見しました。
  須弥壇の裏側にあるため薄暗く、よく見えなかった印象がありましたが、今回の展示でじっくり拝見できました。




【柿に目白図】 紙本着色、1幅

  掛け軸。
  葉が数枚あり、実がなっている柿の枝に、3羽のメジロが並んで止まっている。
  さらっと描いているようにみえますが、なんとも上手い。
  個人的にこの絵がこの展覧会のベストでした。




【肥後橋風景】 佐伯祐三、キャンバス、油彩

  まさか佐伯祐三の絵をこの展覧会で目にするとは思わなかった。
  うれしい出会いでした。
  展示理由などは長くなるので省略。(悪しからず)



※ いつも思いますが、香雪美術館、簡略版でいいので展覧会の図録が欲しい。。。





≪余談≫


 ■ 筒井浄妙

  祇園祭の浄妙山も、浄妙とその頭上をまさに飛び越えようとする一来の劇的な場面を表しています。
  浄妙山会所では宵山のとき、浄妙と一来が並んで立っていて、その背後に今回の屏風が展示されます。
  屋島の合戦と鵯越逆落しの場面が描かれた屏風も出ます。

浄妙山会所
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手前にある 「山妙浄」 の字は、堂本印象画伯による。


  『平家物語』 によれば、先陣を取らんとした一来は浄妙を飛び越えた直後、矢面に立ったため討ち死。
  重傷を負った浄妙は、反平家勢力の集う南都へ向かった。
  「浄妙塚」 については、弊記事 「南山城・寺社めぐり(4)」 でどうぞ。




 ■ 平等寺(因幡堂)

  高倉天皇の寵愛を受けた小督局は、平清盛によって強制的に追放されました。
  高倉天皇ゆかりの因幡堂には、小督局が自身の髪の毛を織り込んだ光明真言の織物、
  小督局愛用の琴や硯箱が保管されています。
  もちろん伝説です。
  (京都非公開文化財特別公開で拝見済み)

  大手百貨店の高島屋にもゆかりのある因幡堂。
  門前にある石灯籠には、丸に高の印が刻まれています。

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  現在使われている高島屋のマークは、この石灯籠に刻まれている印が元祖と言われています。



「糸のみほとけ」展など


奈良国立博物館の「糸のみほとけ」展。(2018年7月14日~8月26日)
ようやく観ることができました。



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拡大すると、
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刺繍っぽくデザインされた字ですね。





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ネットなどでいろいろな感想が出ていますので、
ワタクシはあまり注目されていなさそうな作品に対する感想などを少々。
(一部、図録を参考にしています)




【東大寺要録 巻第八】 (出陳番号 33)

  かつて大仏殿の東側と西側のそれぞれに大曼荼羅(織物)が掛けられたことが記されています。
  記述によれば、東の曼荼羅は観自在菩薩像、西の曼荼羅は不空羂索観音菩薩像で、高さ約16.2m、幅約11.5m。
  大仏さんの高さに近く、巨大なものだったようです。
  (綴織当麻曼荼羅が縦約4m、横約4mなので、いかに巨大だったか)
  治承四年(1180)12月28日の南都焼き討ちで、焼失したらしい。
  一度、見たかったなあ、残念。
  (南都焼き討ち関連には食い付きます)



【刺繍不動明王二童子像】 (出陳番号 45)

  眺める位置を正面(角度0度)から次第に横へずらしていくと不動明王の体が輝きだして、
  左斜め60度あたりになると、燦然と輝いて立体的に見えたのがビックリでした。
  照明の妙ですな。



【刺繍九条袈裟貼屏風】 (出陳番号 71)

  木の下にいるウサギがとてもカワイイ。
  その下のほうにも、ゆる~い感じのウサギとカエルがいて、思わず顔がほころびます。
  このウサギ、壺のようなものの上に手を置いているのですが、どこかで見たと思ったら、
  【天寿国繍帳】 にいるウサギも同じような構図ではありませんか。
  何か決まりごとでもあるのでしょうね。



【刺繍阿弥陀三尊来迎図】 (出陳番号 93)

  使われている毛髪。
  黒髪のほかに、茶髪もある。



【刺繍八幡神名号】 (出陳番号 133)

  八幡神の使いのハト。
  お約束どおり、向かい合った一対のハトがいますよ。




織物や刺繍にはまったく不案内なので、いまひとつ理解できないことが多かったのですが、
根気が要る作業であることは素人にも分かりました。
こういったものを仕上げようとする気力は、篤い信仰心からきているのでしょうね。
展示後半にたくさん出てくる来迎図は、食傷気味でした。





≪余談≫

 同じ奈良博のなら仏像館。
 超VIPが来館中です。


釈迦如来座像 (室生寺弥勒堂)
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(チラシから拝借)




弥勒菩薩立像 (室生寺弥勒堂)
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(チラシから拝借)



 弥勒堂の改修工事に伴って、一時的に奈良博に寄託されているもの。
 工事は2019年3月末までとのことなので、そのころに山へ戻られるのではと推測。
 それまでは、なら仏像館で520円(特別展などは除く)で拝見できます。



 なら仏像館からその他に。。。


天神坐像 (初瀬・與喜天満神社)
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(チラシから拝借)

 現地であの白洲正子が頼んでも見せてもらえなかった 「怒り天神」。


 数体展示されている阿弥陀如来立像の中に喉元内部に鈴がついているものがあって、
 今でも軽やかな音が鳴るそうです。
 一度、聞いてみたいものです。

 南都焼き討ちで焼失した東大寺大仏殿の焼け残りの柱材で造られた愛染明王坐像。
 焼き討ちのあった治承四年(1180)から76年後の建長八年(1256)に制作されたもの。
 その経緯は台座裏などに墨書されています。
 焼け残り材を捨てず、大切に保管した当時の人たちの気持ちに、思いを致したい。




地階にある記念撮影コーナー

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上手すぎないのがいい。



「国宝 春日大社のすべて」展ほか



奈良国立博物館で開催中の 「国宝 春日大社のすべて」展。 (2018年4月14日~6月10日)
「平安の正倉院」とも言われる春日大社のお宝の数々。
美術工芸の超一級品がこれでもかと出陳されています。
※会期中、一部の展示品の入れ替えがあります。


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観覧前に、公開講座 「春日大社伝来甲冑の特質」 を講堂で聴講。


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中世から近世中期までは、奈良は国内最大の甲冑生産地だったそうです。
そして春日大社伝来の甲冑は、受注した地元奈良の甲冑師が当初から春日大社や興福寺への奉納を目的に製作した可能性が高いとのこと。
赤糸威大鎧(梅鶯飾) に使われている金銅製の飾金物には、ウグイス、蝶、蓑虫、蜘蛛と蜘蛛の巣、虻などが超絶技巧の透かし彫りで表されていて、その拡大写真をパワーポイントで紹介されていました。
ちょうど国宝の甲冑4領が勢ぞろい展示の特別期間で、講座の聴講後での観覧では目の付け所がたくさんできて、とても楽しめました。


猫パンチでスズメを捕まえる様子を螺鈿細工で表している金地螺鈿毛抜形太刀
猫好きのあの悪左府・藤原頼長が奉納したものではないかという説も。
この太刀で使われている主な金物はこれまで金メッキとみられていましたが、最近の調査でほぼ純金であることが判明。
復元模造も並べて展示されていましたが、莫大な製作費でしょうね。
当時の藤原氏の財力は桁外れですな。


東大寺知足院のお地蔵さんもお出まし。
ただ、お地蔵さんよりも厨子に描かれている地獄絵に重点が置かれている感じの展示でした。
余談ですが、「文使い地蔵」 として知られるこのお地蔵さんには、『平家物語』 の 「行隆之沙汰」 の段に登場する藤原行隆とその娘に係る伝説があります。
  → 「平重衡を追う(59)~ 文使い地蔵」




善派の仏像もお出ましになっています。

十一面観音菩薩立像 (善円作)
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以前は平常展で奈良博所蔵品に限って館内撮影できた。



興正菩薩叡尊の周辺で活躍した仏師集団 「善派」 は慶派に比べるとマイナーですが、魅力的な仏像を制作しています。
善円 (善慶) の仏像は、「清純な作風に特徴がある」 と評されています。


地蔵菩薩立像 (はだか地蔵尊)
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伝香寺の地蔵会で。
善円か、その一派の作。





さて、奈良博なら仏像館では、法華寺の文殊菩薩坐像が特別展示されています。(5月27日まで)
X線CTスキャン調査の結果、多数の納入物があるのが分かった話題の像です。
   ※産経新聞報道→

この像、視線が合うように、少ししゃがんで向き合うと、とてつもなくイケメンだと分かる。
機会があれば、ぜひお試しあれ。




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「日」の字の中に、神紋の下り藤がある。







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三津寺の仏像群


「大阪の歴史再発見」 と称する、大阪市内にある文化財に関する見学会・講演会では、最近は寺院の非公開文化財の特別公開が主に行われています。
太平洋戦争末期の大阪大空襲によって古い仏像などはほとんど焼失しているものと思っていましたが、市内の寺院には意外に多く残っているそうです。
いわゆる観光寺院ではなく市井の寺院が主対象になっていて、普段は檀家さんなどの関係者以外は入れない堂内で祀られている仏像を市教育委員会学芸員の解説やご住職の話付きで、しかも解説資料代100円で拝見できます。
市内の寺院を語るときのキーワードは 「神仏習合」 「阿弥陀信仰」 だそうで、今回の特別公開の三津寺も神仏習合の影響を受けてきたことがうかがえるそうです。



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大阪ミナミの繁華街にあります。
ワタクシが三津寺の堂内で仏像を拝見するのは2度目で、昨年2017年11月に行われた修行体験イベント 「ブッダニア」 に参加したときが最初。
このときはイベントへの参加が主だったので、仏像をゆっくり拝見できませんでした。
今回公開された仏像は、本堂と前堂に安置された約24点。
修復が完了したばかりの愛染明王坐像と聖観音菩薩坐像は本堂内特設スペースに安置され、360度ぐるりで間近で拝見できました。
薬師三尊像では、脇侍の菩薩さんの足裏のホゾに江戸時代に三津寺を再興した僧侶・真空の名などが墨書されているとの話があり、学芸員さんがその菩薩像を手に持ちながら台座からスポンと外して、参加者に足ホゾの墨書を見せてくれました。
目の前でこのような現物説明があるとは思っていませんでしたので、驚くとともに貴重な体験となりました。
貴重と言えば、参加者の中に奈良国立博物館の鈴木喜博先生がおられ、学芸員さんの解説を補完する説明があったこと。
仏像を前にして、黙っていられなかったのかも。
日本彫刻史研究の第一人者から仏像ひとつひとつについて直接お話が聞けたのですから、こんな贅沢なことはありませんでした。



今回公開された多くの仏像の中で、一番古いのが地蔵菩薩立像。
作風から10世紀後半に制作されたものらしい。
一木造り、錫杖を持たない、大きく弧を描いた眉が鼻筋に延びている、両耳たぶの下部が外側に少しはねている、太ももの張りと量感、足を覆う衣の模様など、先日拝観した安産寺の地蔵菩薩立像 (9世紀末) とよく似ています。


地蔵菩薩立像 ●
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<参考> 安産寺 (宇陀市室生三本松) の地蔵菩薩立像






大随求菩薩坐像 ●
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大随求菩薩 [だいずいぐぼさつ] はあまり知られていませんが、仏画での作例が大半で、彫像例は京都清水寺の随求堂の像などが知られているものの、数は少なく、大変珍しいとのこと。
これを拝見できたのも、貴重でした。





修復後初公開の聖観音菩薩坐像 ●
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頭部の前面材のみ11世紀のもの。
解体修理の結果、慈覚大師円仁ゆかりとされていたオリジナル像の頭部前面材だけ残して、他の部分は江戸時代に製作されたものと判明したようです。





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本堂前の灯篭(の一部)
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裏には 「・・・真空建立之 正徳四歳・・・」 の陽刻あり。
真空は三津寺再興の僧侶。正徳四歳は西暦1714年。
灯篭も立派なもので、真空は再興資金を融通できるかなりの地位にあった人か。






石造十一面観世音菩薩立像
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本堂に安置されている本尊の木像十一面観世音菩薩立像を模したもの。
境内外を仕切る塀の際に立っていて、昼間は境内側に向いていますが、夜は台座が180度回って顔が外に向くので、
塀の外から拝むことができるそうです。(夜の状態は未見)
「ラー」 は向かいののラーメン屋のもので、観音さまが唱えている訳ではありません。



暴悪大笑面を確認
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次回の 「大阪の歴史再発見」 の非公開文化財特別公開は、三津寺が所有する仏画の展示だそうです。
 →  (期間が過ぎるとただちに消えるこのサイト。某役所の真似をしなくてもいいのに)
都合がつけば、また拝見したいと思います。

※本記事の●印の写真は下記参考文献から拝借しました。




≪余談≫ 修行体験イベント 「ブッダニア」 関連記事

   ・弊ブログ →
   ・朝日新聞 →

    今年も内容の一部を変更して 「ブッダニア」 を実施予定とのこと。



<参考文献>
 『密教関係の仏教美術の保存と活用事業調査報告書  三津寺の仏像について (改訂第三版)』
   2018年4月27日、大阪密教美術保存会


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プロフィール

なむさいじょう

Author:なむさいじょう



阪神エリア在住のおっさん。
時間を見つけては奈良めぐり。

※2013年までの過去記事は本サイトへインポート後、一部を除いてリンクの更新等を行なっておりませんので見苦しい部分があります。ご了承ください。
※過去記事へのコメントも歓迎。

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