修行体験ブッダニア


大阪・心斎橋にある三津寺 (通称、みってら) で、今年2018年も 「修行体験ブッダニア」 がありました。


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↑ 「11:00~18:00」 が正しい。



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宗派の異なる若手僧侶 (今年は黄檗宗、浄土真宗、時宗、日蓮宗、浄土宗、真言宗、曹洞宗) のご指導の下、仏教体験をさせていただけます。
昨年から一部変更あったプログラムの中から、今回は 「声明唱えて仏に懺悔」、「唱えて踊ってお念仏」、「五感で感じる護摩焚き法要」 を選択して体験しました。
どのプログラムも最初に簡単な講義があって、そのあとに実技という進め方です。




1.「声明唱えて仏に懺悔」 (本堂)

 南無阿弥陀仏に節をつけたお念仏を唱えながら礼拝する、浄土宗の 「三唱礼」 を体験。
 この礼拝は上礼、五体投地、接足礼拝などと呼ばれる最高の敬意を表す所作で、立ったり、ひざまずいての伏し拝みの連続です。
 動きはゆっくりなのですが、お念仏を唱えながら何十回も繰り返すとさすがに汗がにじんできました。
 実際の修行では千回繰り返すこともあるそうで、膝をすりむく人もあるそうです。
 三唱礼のあとは、二人の僧侶による浄土宗の声明を拝聴しました。

   スタッフさんが撮った動画(三唱礼) →
                (声明) →



2.「唱えて踊ってお念仏」 (二階広間)

 前半は、口に出して唱える浄土宗のお念仏。
 僧侶が叩く木魚にあわせて7分ほど、ひたすら南無阿弥陀仏 [なーむあーみだーぶ] を繰り返し唱えました。

 後半は、時宗の踊躍 [ゆやく] 念仏。
 いわゆる踊り念仏です。
 第一念仏から第四念仏まであるとのことですが、時間の関係で今回は第一念仏と第二念仏だけ。
 参加者は広間で輪になって、手を合わせて 「南無阿弥陀~」 と唱えながら、第一念仏では時計回りで前進、第二念仏では反時計回りに後退します。
 もっと動きのある所作なのかなと想像していましたが、ゆっくり目でした。
 やっているうちに、だんだん楽しくなってきましたよ。
 昔の庶民に広く受け入れられた訳が分かった気がします。
 なんだか盆踊りみたいだなと思いましたが、やはりそのルーツ説があるようです。
 手を合わせながら歩む所作は、當麻寺などで行われている練供養会式の菩薩のそれに似ているなあとも感じました。

   スタッフさんが撮った動画 →



3.「五感で感じる護摩焚き法要」 (境内愛染堂前)

 このプログラムは真言宗系です。
 護摩焚きとはどういうことかのレクチャーのあと、愛染明王の前にしつらえられた護摩壇の周りで法要です。
 法要中に、決意を書いた護摩木を自らの手で火に入れます。
 一度これをやりたかったので、よかった~。
 愛染明王のご真言 「うんたきうんじゃく」 (簡略版だそうです) は唱えられましたが、
 はじめはゆっくりだった般若心経がアッチェルして、ついて行けず。
 光明真言は、ばっちり唱えることができました!


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   スタッフさんが撮った動画 →





このあと仏前結婚式がありました。
仏前結婚式は初めて拝見。
本尊・十一面観音菩薩の御前での誓いの言葉は感動的でした。
指輪の交換のほか、念珠の交換もあって、仏式ならではの光景でした。

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大仏写真家の半田カメラさんが、全国にあるさまざまな大仏を撮った 「108大仏曼荼羅」 の展示コーナーも面白かった。
ご本人がおられたので話を伺ったら、大仏の写真それぞれに思い入れがあって、その語りの熱いこと、熱いこと!


そうそう、「僧侶集めマンダラビンゴ」 というのがあって、会場内にいる各宗派のお坊さんたちにサインを頂き、二列以上埋まったら景品が頂けるというもの。

景品の手拭い
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普段なかなか体験できない仏教体験ができて、充実した時を過ごすことができました。
それにしても、この日、何度 「南無阿弥陀仏」 と唱えたことだろう。



  (参考) 昨年2017年のブッダニア体験記事 →






≪余談≫

 今回、時宗の踊り念仏の指導をしてくださったのは、一遍上人の墓所がある真光寺(神戸市)のお坊さんでした。
 毎年9月16日に「一遍上人御忌法要」があって、そのあとに墓所の前で踊り念仏を行うそうです。
 一般の参拝者も参加することができるそうです。


一遍上人墓所 (真光寺@神戸市)
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西行展



  心なき身にもあはれは知られけり 鴫立つ沢の秋の夕暮れ


この歌にいたく感動し、貯めた小遣いで新古今和歌集(日本古典文学大系)を買った、枯れた中学生でございました。


和歌山県立博物館で開催中の 「西行展」。
(2018年10月13日~11月25日)
生誕900年記念のこの展覧会のサブタイトルは、“紀州に生まれ、紀州をめぐる”。

阪神エリアからJRで約2時間。
初めて和歌山駅で下りました。
駅前からバス(交通系ICカード利用不可)に乗り、約10分の「県庁前」で下車。


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暴れん坊将軍がお出迎え。
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ようやく博物館に着きました。




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 平安時代の歌人西行は、元永元年(1118)紀伊国田中荘(和歌山県紀の川市)の佐藤氏一族の家に生まれました。
 当初は佐藤義清という名前で、京都で院北面の武士として活動していました。
 あるとき世の無常を感じ、出家し西行と名乗ります。
 その後、高野山・天野(高野町・かつらぎ町)で隠遁生活を送りつつ、
 のちに全国に遊行の旅に出て、各地で歌を詠んでいます。
 和歌山県内でも、千里の浜(みなべ町)や那智の滝(那智勝浦町)などを訪れ、多くの歌を残しています。
 平成30年(2018)は西行法師が生まれてから900年の記念の年を迎えます。
 紀州が生んだ歌人西行にまつわる文化財を一堂に集め、紀伊国(和歌山県)に残した足跡とともに、
 西行の事績を振り返る機会にしたいと思います。

  (和歌山県立博物館HPから引用)




展覧会は、以下の構成です。

 プロローグ 西行の姿
 Ⅰ 西行の人物像
 Ⅱ 故郷 -佐藤氏と紀州那賀郡-
 Ⅲ 紀州をめぐる -高野山・吉野・南部・熊野-
 Ⅳ 紀州を離れて -讃岐・伊勢・河内-
 Ⅴ 西行の物語 -史実と伝承と-
 エピローグ 西行を語る -同時代人のまなざし-




地元ならではの展示もあって、なかなか見ごたえがあります。


・生誕地が現在の和歌山県紀の川市
・高野山での活動期間が約30年もあったこと
・和歌や武芸だけでなく、蹴鞠 [けまり] の作法にも精通していたこと
など、この展覧会で初めて知ったことがいろいろありました。


ちょうど源平の騒乱の時期に生きた人なので、平忠盛、美福門院、重源上人、源頼朝、文覚上人、北条時頼などの人物との係わりが分かる展示品もあります。
江戸時代の高野山図屏風には高野山とその周辺の俯瞰光景が描かれていて、現在と違って数多くの塔頭があり、西行桜が檀上伽藍だけでなく麓の天野の丹生都比売神社にもあるなど、とても興味深い。

会期終了まであと一週間あまりとなりました。
機会があれば、行かれてみてはいかがでしょうか?

「西行展」 HP →


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≪余談≫

 これまでに訪れた西行ゆかりの地。


(1)吉野

西行庵
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(2)高野山

三昧堂前の西行桜
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(3)天野

西行庵
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西行の妻娘が暮らした庵の跡とされる場所に後年建てられたもの。
中に西行像が安置されています。





庵の傍らにある西行妻娘の墓
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(4)京都

西行堂
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西行が一時期住んだという双林寺塔頭・蔡華園院の跡に明治時代に建てられたもの。




(5)弘川寺 (大阪府南河内郡河南町)

 葛城山ハイキングのついでに立ち寄りました。

本堂
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西行堂
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お堂の中に西行像あり。
今回の展覧会にお出ましの西行像(チラシの像)なのかは不明。





西行の墓
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大きな土饅頭のような墓


上部には 「圓位上人之墓」と刻まれた墓石がある。
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ムンク展


世界で最もよく知られている絵画のひとつ、エドヴァルド・ムンクの 「叫び」。
東京都美術館で開催中の 「ムンク展」(2018年10月27日-2019年1月20日) では、この 「叫び」 を含めてムンク作品が約100点展示されています。

心休まるような絵はあまりありません。
しかし、心揺さぶられる作品はいくつもありました。

ムンクが撮影した写真も複数あります。
元祖 「自撮り」 で、あとピン多し。

「叫び」 はいくつかバージョンがあって、今回来日しているのは1910年頃の作品。

個人的に好きな作品は、「マドンナ」 と 「太陽」。

「太陽」 はどこかで見た記憶があったので調べたら、持っているCDのジャケットに使われているものでした。
バージョン違いですが。



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<参考> CDジャケットのムンクの 「太陽」 (展覧会の作品とは別バージョン)
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東山魁夷展


京都国立近代美術館で開催中の 「東山魁夷展」 。 (2018年8月29日~10月8日)
京都では30年ぶりの大回顧展、しかも現在修理中の唐招提寺御影堂の障壁画が展示されています。

  ※ 東山魁夷展特設サイト →



京都国立近代美術館の前のモニュメントは、ふすまっぽくしたデザイン

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静謐。

聞こえてくるのは、せせらぎ、遠くの滝の音、風が揺らす葉の音。
絵を前にして、いつまでも佇んでいたい。


岩絵具の微妙なニュアンスは、画集や図録では分かりません。
「松庭」 で描かれている松は、図録では緑色の塊でしか見えませんが、実際によく見ると松葉の線がちゃんと描かれています。
雪や水が描かれている作品などでは、使われている絵の具に雲母が含まれていて、角度を変えて見るとキラッと輝きます。
「行く秋」 では、黄色いカエデの葉で覆われている画面の周囲に金粉がちりばめられており、カエデの葉にも金泥(?)が使われていて、やはり角度を変えて見ると輝きます。
やはり本物を見るに如くは無し。
「白夜光」 は、所蔵する東京国立近代美術館に行ってよく見た作品で、ン十年ぶりの再会でした。
ワタクシが好きな晩秋の里山を描いた作品は、残念ながらこの展覧会にはありませんでした。

今回の目玉は、唐招提寺御影堂の障壁画でしょう。
御影堂で何度か見たことはありますが、鑑真和上像の厨子のある松の間の<揚州薫風>(御影堂では全体を見渡せません)も含めて、展示会場で再現されたそれぞれの間で各障壁画が展示されています。
これは見ごたえあり。




<夕星>
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(チラシから拝借)


画伯の作品には水鏡を扱ったものがいくつかあり、この絶筆作品もそのひとつ。
少しサイズが小さくて分かりづらいかも知れませんが、よく見てください。
なにかおかしいと思いませんか?
空に輝いている星。
水面に映っていないのです。
この星は画伯そのものなのかも知れません。





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(チラシから拝借)





この日、関連イベントの講演会があり、聴講しました。
講師は唐招提寺長老の西山明彦師。
「鑑真和上の教え」 という演題でしたが、御影堂の障壁画制作当時の写真やウラ話(?)が面白かった。
当時、画伯の対応をされたのは森本孝順長老で、西山師は「小僧」だったそう。
森本長老は厳しい方だったと何度もおっしゃっていたので、何度も怒られていたことが分かりました。

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ところで、どこかで西山長老をお見かけしたことがあるような、と思って記憶をたどると、奈良・伝香寺の地蔵会(着せ替え法要)でお見かけしたお坊さんだ!
伝香寺のご住職でもあったのです。
そういえば、伝香寺は鑑真和上の弟子の思託 [したく] が開基と伝えられていて、唐招提寺の末寺なのです。




≪余談1≫

 神戸市立博物館のエントランスホールには、東山魁夷画伯の原画によるタペストリーが掛けられています。
 正確には、「いました」。
 現在、工事のため休館中で、2019年11月にリニューアル・オープン予定。


<■江月明>
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( ■:サンズイ+「離」 の字)



 東山魁夷画伯は、神戸ゆかりの人物でもあります。
 3歳から18歳まで神戸に住んでいました。
 須磨の浦、六甲山、摩耶山へよく行って写生したそうです。



≪余談2≫

 京都国立近代美術館の所蔵作品にはアンセル・アダムスの写真があり、「東山魁夷展」 と並行して開催されているコレクション展で作品が数点展示されています。
 ワタクシの大好きな写真家のひとりで、展示されているのはオリジナル・プリント。
 モノクロ・プリントのシャドウのグラデーションのなんと美しいことか。
 作品を通して感じる大自然への畏敬の念というものは、東山魁夷の作品にも通じているような気がします。
 さらに余談で、ワタクシの購入した写真集のひとつにアンセル・アダムス写真集「アメリカ原風景」がある。



「鈴木松年」展


鈴木松年 [すずき しょうねん] と聞いて、どれほど知っている人がいるでしょうか。
現在ではほとんど忘れられていますが、明治から大正にかけて京都を中心に活躍した日本画家です。
曾我蕭白に私淑したため画風も豪放、迫力のある作品が多く、
“今蕭白” [いま しょうはく] と言われるほどだったそうです。
日本画家・上村松園の最初の師でもありました。
今年2018年で生誕170年、没後100年となる鈴木松年の展覧会が、香雪美術館(神戸市東灘区) で開かれています。
京都の祇園祭に係る屏風なども展示されています。


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  ※以下の説明では、展覧会のチラシや出品リストを参考(一部拝借)。






【宇治川橋合戦図屏風】 絹本着色 6曲1双、明治44年(1991)、浄妙山保存会


全体
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左双
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右双
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  治承4年(1180) 5月26日、以仁王・源頼政率いる源氏軍と、平重衡・平維盛率いる平家軍が宇治川で橋合戦。
  平家方からの矢が飛び交う中、先陣に向かおうとしている三井寺の僧兵・筒井浄妙が武器を失って
  敵の猛攻にさらされていたところ、後ろから来た一来法師 [いちらい ほうし] が
  「悪いけど、先行くでぇ~!」 と叫んで(?)、浄妙の頭上を飛び越えて先陣をとる場面は、
  『平家物語』 でよく知られていて、昔から題材としてしばしば描かれてきました。
  折れた太刀を手にたじろぐ浄妙と、薙刀を手に滑空する一来の躍動感と緊迫した様子が、
  画面を横切るように架かる宇治橋に大胆に配置されています。
  6曲1双という大画面なので、大迫力です。




【角力図押絵貼屏風】 紙本着色 2曲1隻、絵:明治6年(1873)、書:大正時代、立命館大学(長江家旧蔵)

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  京都市指定有形文化財の 「長江家住宅」 は、京都を代表する京町屋のひとつ。
  NHK-BSプレミアムのドラマ 「京都人の密かな愉しみ」 のロケ地として使われたこともあります。
  祇園祭・前祭の宵山の期間にあわせて会所の近くなど各所で屏風祭が行われますが、
  「船鉾」 の前にある長江家住宅でも屏風祭をやっています(有料)。
  そのときに屋内の座敷で展示される屏風のひとつがこれ。
  今回の 「鈴木松年」 展については、奥の部屋に置いてあった展覧会のチラシを見つけて知ったのでした。




【仁王像】 紙本着色 2面、明治19年(1886)、平等寺(因幡堂)

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  京都の平等寺本堂の須弥壇裏を飾っているこの絵は、つい最近になって鈴木松年のものと分かったそうです。
  2016年の京都非公開文化財特別公開のとき、頭に頭巾を乗せた本尊・薬師如来さんをお参りした際、
  この仁王像も拝見しました。
  須弥壇の裏側にあるため薄暗く、よく見えなかった印象がありましたが、今回の展示でじっくり拝見できました。




【柿に目白図】 紙本着色、1幅

  掛け軸。
  葉が数枚あり、実がなっている柿の枝に、3羽のメジロが並んで止まっている。
  さらっと描いているようにみえますが、なんとも上手い。
  個人的にこの絵がこの展覧会のベストでした。




【肥後橋風景】 佐伯祐三、キャンバス、油彩

  まさか佐伯祐三の絵をこの展覧会で目にするとは思わなかった。
  うれしい出会いでした。
  展示理由などは長くなるので省略。(悪しからず)



※ いつも思いますが、香雪美術館、簡略版でいいので展覧会の図録が欲しい。。。





≪余談≫


 ■ 筒井浄妙

  祇園祭の浄妙山も、浄妙とその頭上をまさに飛び越えようとする一来の劇的な場面を表しています。
  浄妙山会所では宵山のとき、浄妙と一来が並んで立っていて、その背後に今回の屏風が展示されます。
  屋島の合戦と鵯越逆落しの場面が描かれた屏風も出ます。

浄妙山会所
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手前にある 「山妙浄」 の字は、堂本印象画伯による。


  『平家物語』 によれば、先陣を取らんとした一来は浄妙を飛び越えた直後、矢面に立ったため討ち死。
  重傷を負った浄妙は、反平家勢力の集う南都へ向かった。
  「浄妙塚」 については、弊記事 「南山城・寺社めぐり(4)」 でどうぞ。




 ■ 平等寺(因幡堂)

  高倉天皇の寵愛を受けた小督局は、平清盛によって強制的に追放されました。
  高倉天皇ゆかりの因幡堂には、小督局が自身の髪の毛を織り込んだ光明真言の織物、
  小督局愛用の琴や硯箱が保管されています。
  もちろん伝説です。
  (京都非公開文化財特別公開で拝見済み)

  大手百貨店の高島屋にもゆかりのある因幡堂。
  門前にある石灯籠には、丸に高の印が刻まれています。

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  現在使われている高島屋のマークは、この石灯籠に刻まれている印が元祖と言われています。



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Author:なむさいじょう



阪神エリア在住のおっさん。
時間を見つけては奈良めぐり。

※2013年までの過去記事は本サイトへインポート後、一部を除いてリンクの更新等を行なっておりませんので見苦しい部分があります。ご了承ください。
※過去記事へのコメントも歓迎。

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