「国宝 春日大社のすべて」展ほか



奈良国立博物館で開催中の 「国宝 春日大社のすべて」展。 (2018年4月14日~6月10日)
「平安の正倉院」とも言われる春日大社のお宝の数々。
美術工芸の超一級品がこれでもかと出陳されています。
※会期中、一部の展示品の入れ替えがあります。


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観覧前に、公開講座 「春日大社伝来甲冑の特質」 を講堂で聴講。


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中世から近世中期までは、奈良は国内最大の甲冑生産地だったそうです。
そして春日大社伝来の甲冑は、受注した地元奈良の甲冑師が当初から春日大社や興福寺への奉納を目的に製作した可能性が高いとのこと。
赤糸威大鎧(梅鶯飾) に使われている金銅製の飾金物には、ウグイス、蝶、蓑虫、蜘蛛と蜘蛛の巣、虻などが超絶技巧の透かし彫りで表されていて、その拡大写真をパワーポイントで紹介されていました。
ちょうど国宝の甲冑4領が勢ぞろい展示の特別期間で、講座の聴講後での観覧では目の付け所がたくさんできて、とても楽しめました。


猫パンチでスズメを捕まえる様子を螺鈿細工で表している金地螺鈿毛抜形太刀
猫好きのあの悪左府・藤原頼長が奉納したものではないかという説も。
この太刀で使われている主な金物はこれまで金メッキとみられていましたが、最近の調査でほぼ純金であることが判明。
復元模造も並べて展示されていましたが、莫大な製作費でしょうね。
当時の藤原氏の財力は桁外れですな。


東大寺知足院のお地蔵さんもお出まし。
ただ、お地蔵さんよりも厨子に描かれている地獄絵に重点が置かれている感じの展示でした。
余談ですが、「文使い地蔵」 として知られるこのお地蔵さんには、『平家物語』 の 「行隆之沙汰」 の段に登場する藤原行隆とその娘に係る伝説があります。
  → 「平重衡を追う(59)~ 文使い地蔵」




善派の仏像もお出ましになっています。

十一面観音菩薩立像 (善円作)
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以前は平常展で奈良博所蔵品に限って館内撮影できた。



興正菩薩叡尊の周辺で活躍した仏師集団 「善派」 は慶派に比べるとマイナーですが、魅力的な仏像を制作しています。
善円 (善慶) の仏像は、「清純な作風に特徴がある」 と評されています。


地蔵菩薩立像 (はだか地蔵尊)
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伝香寺の地蔵会で。
善円か、その一派の作。





さて、奈良博なら仏像館では、法華寺の文殊菩薩坐像が特別展示されています。(5月27日まで)
X線CTスキャン調査の結果、多数の納入物があるのが分かった話題の像です。
   ※産経新聞報道→

この像、視線が合うように、少ししゃがんで向き合うと、とてつもなくイケメンだと分かる。
機会があれば、ぜひお試しあれ。




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「日」の字の中に、神紋の下り藤がある。







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三津寺の仏像群


「大阪の歴史再発見」 と称する、大阪市内にある文化財に関する見学会・講演会では、最近は寺院の非公開文化財の特別公開が主に行われています。
太平洋戦争末期の大阪大空襲によって古い仏像などはほとんど焼失しているものと思っていましたが、市内の寺院には意外に多く残っているそうです。
いわゆる観光寺院ではなく市井の寺院が主対象になっていて、普段は檀家さんなどの関係者以外は入れない堂内で祀られている仏像を市教育委員会学芸員の解説やご住職の話付きで、しかも解説資料代100円で拝見できます。
市内の寺院を語るときのキーワードは 「神仏習合」 「阿弥陀信仰」 だそうで、今回の特別公開の三津寺も神仏習合の影響を受けてきたことがうかがえるそうです。



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大阪ミナミの繁華街にあります。
ワタクシが三津寺の堂内で仏像を拝見するのは2度目で、昨年2017年11月に行われた修行体験イベント 「ブッダニア」 に参加したときが最初。
このときはイベントへの参加が主だったので、仏像をゆっくり拝見できませんでした。
今回公開された仏像は、本堂と前堂に安置された約24点。
修復が完了したばかりの愛染明王坐像と聖観音菩薩坐像は本堂内特設スペースに安置され、360度ぐるりで間近で拝見できました。
薬師三尊像では、脇侍の菩薩さんの足裏のホゾに江戸時代に三津寺を再興した僧侶・真空の名などが墨書されているとの話があり、学芸員さんがその菩薩像を手に持ちながら台座からスポンと外して、参加者に足ホゾの墨書を見せてくれました。
目の前でこのような現物説明があるとは思っていませんでしたので、驚くとともに貴重な体験となりました。
貴重と言えば、参加者の中に奈良国立博物館の鈴木喜博先生がおられ、学芸員さんの解説を補完する説明があったこと。
仏像を前にして、黙っていられなかったのかも。
日本彫刻史研究の第一人者から仏像ひとつひとつについて直接お話が聞けたのですから、こんな贅沢なことはありませんでした。



今回公開された多くの仏像の中で、一番古いのが地蔵菩薩立像。
作風から10世紀後半に制作されたものらしい。
一木造り、錫杖を持たない、大きく弧を描いた眉が鼻筋に延びている、両耳たぶの下部が外側に少しはねている、太ももの張りと量感、足を覆う衣の模様など、先日拝観した安産寺の地蔵菩薩立像 (9世紀末) とよく似ています。


地蔵菩薩立像 ●
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<参考> 安産寺 (宇陀市室生三本松) の地蔵菩薩立像






大随求菩薩坐像 ●
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大随求菩薩 [だいずいぐぼさつ] はあまり知られていませんが、仏画での作例が大半で、彫像例は京都清水寺の随求堂の像などが知られているものの、数は少なく、大変珍しいとのこと。
これを拝見できたのも、貴重でした。





修復後初公開の聖観音菩薩坐像 ●
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頭部の前面材のみ11世紀のもの。
解体修理の結果、慈覚大師円仁ゆかりとされていたオリジナル像の頭部前面材だけ残して、他の部分は江戸時代に製作されたものと判明したようです。





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本堂前の灯篭(の一部)
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裏には 「・・・真空建立之 正徳四歳・・・」 の陽刻あり。
真空は三津寺再興の僧侶。正徳四歳は西暦1714年。
灯篭も立派なもので、真空は再興資金を融通できるかなりの地位にあった人か。






石造十一面観世音菩薩立像
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本堂に安置されている本尊の木像十一面観世音菩薩立像を模したもの。
境内外を仕切る塀の際に立っていて、昼間は境内側に向いていますが、夜は台座が180度回って顔が外に向くので、
塀の外から拝むことができるそうです。(夜の状態は未見)
「ラー」 は向かいののラーメン屋のもので、観音さまが唱えている訳ではありません。



暴悪大笑面を確認
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次回の 「大阪の歴史再発見」 の非公開文化財特別公開は、三津寺が所有する仏画の展示だそうです。
 →  (期間が過ぎるとただちに消えるこのサイト。某役所の真似をしなくてもいいのに)
都合がつけば、また拝見したいと思います。

※本記事の●印の写真は下記参考文献から拝借しました。




≪余談≫ 修行体験イベント 「ブッダニア」 関連記事

   ・弊ブログ →
   ・朝日新聞 →

    今年も内容の一部を変更して 「ブッダニア」 を実施予定とのこと。



<参考文献>
 『密教関係の仏教美術の保存と活用事業調査報告書  三津寺の仏像について (改訂第三版)』
   2018年4月27日、大阪密教美術保存会


若草山焼き2018



ことし2018年の若草山焼きは、1月27日(土)に行われました。
今回は若草山の麓で拝見。
寒かった~。


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今年の山焼きは火勢よく、見ごたえありました。



「ことしも、かんばりましたよ~。 いや~、アノときを思い出しますね」 (by T.S衡)

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京都の日野と木津、そして高野山から駆けつけた南都火付け名人。
今年も僧兵に見つからないように、窃かに焼き払いをサポートしたそうです。




≪余談≫

 春日大社、興福寺、東大寺ゆかりの温食が提供されていました。
 春日大社は 「はくたくうどん入りの豚汁」、興福寺は 「粕汁」、東大寺は 「のっぺ」。
 どれもおいしく、体があたたまりました。


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「東大寺の “ のっぺ ”、ください」 > 0011-3r.jpg
「おっと。奈良出禁の身なので、顔出しNGでお願いします」
(by T.S衡)





 今年も鹿の花火、ありましたね。
 みなさん、大喜び。
 花火タイムは見ることに専念していたので、写真は撮らずじまい。


以前に撮った鹿の花火
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(2012.1.28)



大圓寺で快慶仏を参拝


大阪・住吉大社の近くにある大圓寺で、本尊・阿弥陀如来立像を拝んできました。
大阪市教育委員会などが主催する 「大阪の歴史再発見」 と題する見学会・講演会の一環です。
昨年2017年の 「快慶展」(奈良国立博物館) にお出ましした大圓寺の阿弥陀さん、
ホームで拝見すると表情がいくぶん穏やかに見えた気がしました。

教育委員会の学芸員さん( 像の枘 [ほぞ] に 「法橋快慶」 の墨書を見つけた方だそうです) の話によると、
江戸時代初期に建立されたという大圓寺に、鎌倉時代初期の快慶仏がなぜ伝来したかは不明。
昔は住吉大社の周辺には神宮寺の寺院 (その多くは浄土宗系) がいくつかあって、
今は存在していないそういった寺院から快慶仏が大圓寺に受け継がれたことも考えられる。
とのこと。
東大寺再興の大勧進・俊乗房重源が各地に設けた別所のひとつで、現在の天満橋あたりにあったらしい渡辺別所には
快慶作の阿弥陀三尊像が祀られていた可能性があり、快慶と大阪の接点がそのあたりにあるのかも、
とのお話もありました。

大圓寺のご住職から快慶仏発見当時のお話もありました。
平成4年7月24日、大阪の美術館の館長さんが、暑いので冷たいお茶を頂きたいとたまたま来られた。
しばらく話をしたあと、館長さんは本尊を拝んで帰りたいと言われた。
拝んだらすぐ帰るのが普通だが、館長さん、なぜか帰らない。
2時間ほどじろじろ見たあと、「いろたらあかんで (触ったらダメ)」 と言って帰った。
その後、何度か調査に来られ、これは大変な発見かも知れないので、
持ち出して詳しく調査したいということになり、その結果、快慶仏と分かった。
とのこと。
(メモからの書き起こしなので雑な書きぶりですが、このようなお話でした)

本尊・阿弥陀如来立像の両脇に安置された勢至菩薩立像と観音菩薩立像も、素晴らしい仏像でした。


「大阪の歴史再発見」 は今後も行われ、しかも今回の大圓寺と同様に非公開文化財が対象とのことなので、
都合が付けば、また参加したいと思います。



配布資料(表紙)
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(図録より拝借)






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≪余談≫

 大圓寺の最寄駅は、阪堺電車・安立町 [あんりゅうまち] 駅。
 今回の参拝のもうひとつの目的は、この路面電車に乗ることでした。


「祝」 プレートは前方後円墳形 (住吉駅)
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線路と車道に挟まれたむき出しホーム (住吉鳥居前駅)
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この車両、ラッピングされていますが、1928年製です!
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オリエント急行をPRするナニワ鈍行。




見仏も満足。
鉄分補給も満足。



「至宝をうつす」展・「保存と修理の文化史」展



京都文化博物館の 「至宝をうつす」展。 (会期:2017/12/16-2018/1/28)


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明治時代に写真技術を応用してできたコロタイプは、撮影された写真を原版とする印刷技法で、
自然な濃淡や階調の表現に優れていることから、
古文書や絵画など主に平面仕上げの文化財の複製に利用されてきた、ということです。
今では、世界で唯一コロタイプ印刷を手掛けている京都の便利堂が歩んできた職人技展にもなっています。

展示品の中で、法隆寺金堂壁画と高松塚古墳壁画の原寸大コロタイプ複製が圧巻。
法隆寺金堂壁画全12面は、昭和10年に撮影されたもの。
昭和24年の火災による焼損前の貴重な記録です。
高松塚古墳壁画全4面は、今回、初公開。
発掘直後に撮影された鮮やかな色彩の壁画を間近で見ることができます。
ともすれば軽んじられがちな複製ですが、コロタイプはオリジナルに匹敵するクオリティですから、
文化財の現物保護のためにも今後も有効活用されるべき技法でしょう。

ほかの展示品:
  日本書紀、正倉院文書、御堂関白日記、東寺百合文書、山本作兵衛炭鉱記録画、鳥獣人物戯画、
  伴大納言絵詞、蒙古襲来絵詞、餓鬼草紙、地獄草紙、
  風神雷神図(尾形光琳)+夏秋草図(酒井抱一)両面復元屏風、など

タイトルにある 「うつす」 は単に模写、写真撮影、複製にとどまらず、
後世に受け継いでいくという意味もあるのかも。


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この 「至宝をうつす」展とは別のフロアでやっている 「保存と修理の文化史」展
意外に面白かった。

「ボストン美術館 日本美術の至宝」展で観た、「法華堂根本曼荼羅」 のコロタイプ複製が出ています。
「法華堂根本曼荼羅」 は、もともとは東大寺法華堂にあったという奈良時代の非常に貴重な仏画です。
コロタイプ複製を東大寺が持っていることを今回初めて知りました。
東大寺ミュージアムでも展示して欲しい。

中山忠親の日記 『山槐記』 (写本) も出ていました。
展示されている見開きには、平重衡による南都焼き討ち直後の様子が書かれていて、
東大寺では大仏殿、講堂、食堂、四面廻廊、三面僧房、戒壇、尊勝院、安楽院、真言院、薬師堂、東南院、
八幡宮、気比社、気多社などが焼失した記述が見えます。
(八幡宮は今の東大寺鏡池あたりにあった神社で、現在の手向山八幡宮の前身)



両展あわせて観るのが良いと思います。




≪余談≫

 京都文化博物館のあるあたりは、後白河法皇の皇子・以仁王 [もちひとおう] の邸宅・高倉宮があったところ。
 博物館の中にある日本料理店・なだ万賓館の前に、説明板があります。

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プロフィール

なむさいじょう

Author:なむさいじょう



阪神エリア在住のおっさん。
時間を見つけては奈良めぐり。

※2013年までの過去記事は本サイトへインポート後、一部を除いてリンクの更新等を行なっておりませんので見苦しい部分があります。ご了承ください。
※過去記事へのコメントも歓迎。

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