圓通律寺の花祭り(令和元年)


♪ ルンビニ園にぃ かんばしくぅ~ ♪

隣りのヴェテランヴォーカルのおば様に促されて、「花まつり和讃」、唱えましたよ~。
法要の初めに唱えられるこの和讃。
この数年、合唱隊(?)が唱えていますが、以前、若い修行僧の一人がソロで唱えてました。

高野山の真別処・圓通律寺の降誕会 (花祭り)。
今年も参列することができました。
重源さんの位牌にも手を合わせることができました。




今年も来ましたよ、重源さーん!!


「よー来た。よー来た。」

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(新大仏寺の重源上人像のレプリカ @大阪府立狭山池博物館)




以前の記事から抜粋:

「真別処・圓通律寺の開基は弘法大師の十大弟子のひとり、智泉と伝わる。
 平安時代末期、荒廃していたのを再興したのが、醍醐寺の僧で東大寺再興の大勧進・俊乗房重源。
 当時は専修往生院と称していた。
 専修往生院では、重源のもとに24人の念仏衆(蓮社友)がいて、その中には、
 有王丸、斎藤時頼 (滝口入道)、平維盛、木工右馬允知時、熊谷直実、藤原成頼らがいたらしい。
 木工右馬允知時は南都焼き討ちの平家軍総大将・平重衡の使用人で、重衡の最期を見届けた人。一説には、高野山に埋葬するため重衡の遺骨を運んだという。
 藤原成頼は重衡の正室・藤原輔子の姉・藤原成子の夫。
 木津川で処刑されて晒されていた重衡の首を輔子のもとに戻すよう尽力したのは重源。」

『平家物語』 ゆかりの場所と言ってもいいでしょうね。



これまで花祭りに参拝した際になぜか雨だったことがなく、この日も爽やかに晴れ渡っていました。
圓通律寺への道は5月の木漏れ日が差し込み、風がかすかに通り抜け、野鳥が囀り、忘れ去られたような石仏も点在しています。
圓通律寺にたどり着くと高野山のメインストリートを歩いただけでは感じられないもっと清浄な空気を実感できるのですが、数年前、近くに自動車道ができて騒音が聞こえるようになったため、静寂さが損なわれたと残念がる人もいるようです。
それでも普段は面会謝絶の修行道場なので、陸の孤島のようなのでしょうね。



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≪余談1≫

 法話の後のお楽しみと言えば。。。極上のお茶と和菓子。

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 毎年ご奉仕されている和菓子のお店は、兵庫県西宮市甲子園にある桔梗堂さん。→
 桔梗堂は気をつけて歩かないと、通り過ぎてしまいそうな店構えです。
 我が家はこちらの 「冷やし白玉しるこ」 がお気に入り。





≪余談2≫

 花祭りのついでの墓参もこの数年の恒例となっています。



明恵上人
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平重衡
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明遍
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藤原通憲(信西)の子。兄は醍醐寺座主勝賢。
東大寺で三論宗を学ぶ。高野聖に関係。



令和元年初詣・初登山


元号が平成から令和に変わる画期にあたって、最初にお参りするのは皇室ゆかりの神社と考えていました。
ということで、橿原神宮参拝です。



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朝の神社はほんとうに清々しい。
身も心も浄められた気がしました。
ご朱印も過剰なものは一切なく、簡潔そのものでいいですねぇ。
そういえば、伊勢神宮の内宮、外宮のご朱印も簡潔で威厳があって大好きです。


外拝殿の前には石碑があって、上皇后陛下がお詠みになった御歌が刻まれています。
一ケ月ほど前の平成31年4月3日に除幕されたばかりのもの。

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遠つ世の 風ひそかにも 聴くごとく 樫の葉そよぐ 参道を行く



平成28年4月3日の神武天皇二千六百年大祭にあたって、橿原神宮を御参拝になられた際のお気持ちだそうです。


境内には、「皇太子殿下御成婚記念」の立札のある植樹がありました。
今回即位された天皇陛下ですね。

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伊勢神宮と橿原神宮が沿線にある近鉄が今回の御即位の機会を逃すはずはなく、天皇陛下御即位記念乗車券、絶賛発売中。→ pdf

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“しまかぜ” は今回は利用しませんでしたが。。。




さて、橿原神宮の背後に見えるのは、大和三山のひとつ、畝傍山。
標高199メートル。
令和になって初めての登山です。
登山といっても、橿原神宮が標高約80メートルにあるので、高低差は約120メートルほど。
ちょっとした丘に上がる感じです。


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頂上はあまり開けていませんが、木々の間から金剛山、葛城山、二上山、耳成山が見えました。

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巨大な甘食 (歯の裏や口の天井にひっつくやつ。西日本では知名度低い)







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かつて頂上にあった畝傍山口神社は現在は西麓にあるが、禁足地は今も残っている。






≪余談≫

近鉄の15400系 団体専用列車「かぎろひ」。
何度か見かけていますが、今回は鶴橋駅で目撃。


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造幣局のナラノヤエザクラ(2)


今年2019年も行って参りました。

ナラノヤエザクラは。。。。





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咲いていませんでした。


昨年はサクラの開花が非常に早かったため「桜の通り抜け」の時期にいい感じに咲いていたのですが、今年はこれまでどおり蕾です。

昨年の記事では、通り抜けエリアにあるサクラのうち、奈良で生まれたとされる品種として、ナラノヤエザクラ(奈良八重桜)、ヨウキヒ(楊貴妃)、カスガイ(春日井)の3種を紹介しました。→
ところが春日井だけ撮り損ねたため、今年は最優先で撮りました。



春日井
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春日井は、もとは奈良・春日山の麓にあったサクラだそうです。





この造幣局(大阪)の「桜の通り抜け」の管理指導をしたのは、「桜博士」こと笹部新太郎氏。
その笹部氏ゆかりの「笹部桜」も咲いていました。


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昨年の強力な台風で通り抜けのサクラの何本かがダメになったそうですが、今回は新種が紹介されていました。


新種のサクラ “御座の間匂” [ござのまにおい]
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「花に香りがあり、花弁数は10~15枚ある。」(説明版)



ソメイヨシノとは違うのは分かりますが、植物オンチにとってどれも同じに見えてしまうのでありました。。。


悲しみの帰京・大伴旅人


大伴旅人[おおともの たびと]は一般には酒を愛する歌人として知られていますが、それだけではありません。
奥さん思いの人でもありました。

新元号「令和」ゆかりの梅花の宴の舞台は、現在の福岡県太宰府市にあった旅人の屋敷とされています。
宴会が開かれたのは天平二年(730)一月十三日で、その2年前の神亀五年(728)の初めごろに、大宰帥[だざいのそち]として妻・大伴郎女[おおとものいらつめ]を伴って大宰府へ赴任しています。
旅人は64歳前後で、当時としてはかなり高齢。
奥さんもそれなりの年齢だったでしょう。
住み慣れた佐保山(現在の奈良市法蓮町あたり?)の大伴邸を離れて、大宰府への長旅。
瀬戸内海を行く海路だったと思います。
そして大宰府に着いてから間もない神亀五年四月初旬、奥さんが現地で病気で亡くなります。
旅の疲れが祟ったのかも知れません。


梅花の宴では参加者によって32首詠まれましたが、後日、詠み人が旅人と思われる4首が追加されました。
そのうちの2首が妻を偲ぶもの。

  雪の色を奪いて咲ける梅の花今盛りなり見む人もがも (5-850)
  我がやどに盛りに咲ける梅の花散るべくなりぬ見む人もがも (5-851)

亡き妻と一緒に梅の花を見ることができたら、どんなに良かったことか。。。。
宴会は盛り上がったとはいえ、妻に先立たれた寂しい気持ちを払拭することはできなかったのでしょう。


天平二年(730)十二月、太宰府での任務を終え、奈良へ戻ります。
その途中で立ち寄った鞆の浦と敏馬[みぬめ]の崎で、やはり妻を偲ぶ歌を詠んでいます。

  我妹子が見し鞆の浦のむろの木は常世にあれど見し人ぞなき (3-446)
  鞆の浦の磯のむろの木見むごとに相見し妹は忘らえめやも (3-447)
  磯の上に根はふむろの木見し人をいづらと問はば語り告げむか (3-448)

  妹と来し敏馬の崎を帰るさにひとりし見れば涙ぐましも (3-449)
  行くさには二人我が見しこの崎をひとり過ぐれば心悲しも (3-450)

大宰府へ行くときは二人一緒だったのに、奈良へ帰るときは一人ぼっち。。。。


佐保の我が家に無事戻れたものの、居て当たり前だった妻がいません。

  人もなき空しき家は草枕旅にまさりて苦しかりけり (3-451)
  妹として二人作りし我が山斎は木高く繁くなりにけるかも (3-452)
  我妹子が植ゑし梅の木見るごとに心咽せつつ涙し流る (3-453)

     ※山斎[しま]= 庭園


そして天平三年(731)七月二十五日、死去。享年67歳。


東大寺の北方にある三笠霊苑には、伴墓[ともばか]と呼ばれる一画があります。
元々は、伴寺[ともでら]とも言われる大伴氏の氏寺・永隆寺の跡と伝わっています。
このあたりに旅人ら大伴氏の人々は埋葬されたのかも。





≪余談1≫

 広島県福山市の鞆の浦を見下ろす鞆城跡には、「鞆の浦の磯のむろの木~」の歌碑があります。


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≪余談2≫

 敏馬[みぬめ]は現在の阪神電鉄・岩屋駅あたりで、昔はここに港があって、大阪から海路で西へ向かうときに最初に停泊するところだったようです。


阪神・岩屋駅と駅前のモニュメント
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兵庫県立美術館が近いので、駅やその周辺には屋外展示のアート作品が点在しています。



 岩屋駅の近くに神功皇后ゆかりの敏馬神社(式内社)があって、境内にはこのあたりを訪れた大伴旅人のほか、柿本人麻呂らの歌碑があります。



紫式部と田原本町


平安時代の貴族で、紫式部の夫の藤原宣孝が、現在の奈良県田原本町の唐古・鍵遺跡史跡公園付近にあった荘園の領主だったことは、唐古・鍵考古学ミュージアムで初めて知りました。
市町村にある小さな博物館には思いがけない情報が待ちうけているときがあって、訪問先ではなるべく立ち寄るようにしているのですが、今回もなかなか楽しめました。

このミュージアムは実は史跡公園に隣接しておらず、2kmも離れていることに訪問直前に知って愕然。
唐古・鍵考古学ミュージアムが入っている田原本青垣生涯学習センターへは、近鉄・田原本駅から東へ徒歩約20分。
センターは、ミュージアムのほか、公民館、図書館、多目的ホールもある複合施設で、なかなか立派な建物です。
訪問したこの日はイベントでもあるらしく賑わっていましたが、ミュージアムはほぼワタクシだけの貸し切り状態でした。



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史跡公園にある楼閣はこの線刻絵を元に復元。





ヒスイの勾玉
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「う~~」
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出土した人物像は、何をしているのでしょうか。う~~








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奈良時代までの展示で終わるのではなく、それ以降の時代にも目を向けているのがいい。



ここのミュージアムは少々狭いので、展示されているのは出土品のごく一部でしょう。
それでも見応えがありました。
そういえば、京都大学総合博物館でも唐古・鍵遺跡の出土品が常設展示されているのを思い出しました。





ミュージアムをあとにして、史跡公園へ移動。


二上山といっしょに
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周囲を見渡すと、生駒山、二上山、葛城山、金剛山、三輪山、龍王山などが目に入ります。
“たたなづく青垣山ごもれる” を実感します。


史跡公園の近くには、道の駅 「レスティ唐古・鍵」 があります。
田原本町の味間地区で採れる大和野菜 「味間いも」 があったので、買いました。
以前、試しに買って帰ったら好評だったので、最近の奈良土産はこれが多い。

「レスティ唐古・鍵」の建物の中には、一日駅長のタスキをかけたゆるキャラの写真が展示されていました。
(このゆるキャラは田原本町出身で、吉本新喜劇の新座長の記事 →


「タワラモトン」
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本来の田原本町のキャラクター。
「ほぐほぐまつり」 に来てましたね。







この標識は萌えるなあ
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( 「レスティ唐古・鍵」 の近くで)







≪余談≫

 唐古・鍵考古学ミュージアムへ向かう前に、近鉄・結崎駅近くの店 「美ノ吉」 で結崎ネブカがたっぷり乗ったうどんを頂きました。
 結崎ネブカはネギですが大和野菜で、普通のネギにありがちな臭味や辛味がほどんどなく、むしろ旨味や甘味があってとてもおいしいのですよ。
 この店ではネブカの収穫時期に合わせて、9月から翌年2月までの期間限定で結崎ネブカうどんを頂けます。


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唐古・鍵考古学ミュージアム



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なむさいじょう

Author:なむさいじょう



阪神エリア在住のおっさん。
時間を見つけては奈良めぐり。

※2013年までの過去記事は本サイトへインポート後、一部を除いてリンクの更新等を行なっておりませんので見苦しい部分があります。ご了承ください。
※過去記事へのコメントも歓迎。

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