平重衡を追う(70)~ 内山永久寺


治承4年(1180) 12月28日の南都焼き討ちでは、南都勢力のトップクラスのひとり、興福寺の僧侶信円が平家軍によって命を狙われていました。
信円はそのとき正暦寺に住んでいましたが、平家軍が攻めてくると聞いて、同じ興福寺系の内山永久寺へ逃げました。
ところが追手が内山永久寺にも迫ったので、信円は近くの山の中に逃げ込んで身をひそめ、命拾いしたそうです。
こうして正暦寺だけでなく、内山永久寺も焼かれたと正暦寺のご住職からお話を伺いました。
 → 「平重衡を追う(67)~ 信円」



“現場検証”に行ってきました。
2019年最初のハイキングは、山の辺の道へ。
その道沿いにある内山永久寺跡へは、久しぶりの訪問です。

永久年間(1113~1118)に鳥羽天皇の勅願により創建され、栄枯盛衰が何度かあって、多いときには50ほどの子院や僧房などの建物があった内山永久寺。
明治時代になって神仏分離令により廃寺となり、堂宇はなくなり、仏像・仏画・経典などは国内外へ散逸しました。
東大寺、興福寺、法隆寺に次ぐ寺領を有し、壮麗な大伽藍だったことから「西の日光」とも称された寺院がかつてここにあったとは信じられない光景です。
池は形を変えて現存するも、その周囲には柿畑やビニールハウスがあるだけ。


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内山永久寺の概要は、天理市のHPでどうぞ →


「後醍醐帝行在所 萱御所跡」
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延元元年(1336) 後醍醐天皇が吉野行幸でここに立ち寄ったことを記念する石碑が池の近くにある。
左上の三文字が判然とせず。「行在所」でOK?





内山永久寺跡







≪余談≫

 元は内山永久寺にあったもので、ワタクシが見たことのあるのは以下。


● 内山永久寺の鎮守社にあった住吉社の拝殿

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現在は、石上神宮の摂社の出雲建雄神社拝殿。
廃寺後も住吉社は残っていたようですが、大正3年(1914) に移築されたとのこと。
【国宝】です。




● 両部大経感得図(藤田美術館)
 これも【国宝】です。
 藤田美術館などでお目にかかっていますが、奈良博で2019年春開催予定の「藤田美術館」展で再会できるかも。
 この展覧会では、曜変天目茶碗【国宝】と快慶作・地蔵菩薩立像の出陳は決まっているようです。



● 地蔵菩薩立像(京都国立博物館)
 最近では、京博 「閻魔と地蔵」展(2017年)で拝見。



● 持国天立像(東大寺ミュージアム)
● 多聞天立像(東大寺ミュージアム)
 これら2像は東大寺ミュージアムで千手観音菩薩立像と並んでいらっしゃいます。→


● 愛染明王坐像(東京国立博物館)
 東博でたまにお目にかかります。→



● 四天王像(ボストン美術館)
 「ボストン美術館 日本美術の至宝」展で拝見。
 フェノロサ様、お買い上げ品。



● 内山永久寺置文 (東京国立博物館)
 奈良博「快慶」展で拝見。
 永久寺に関する記録書です。



● 不動明王坐像(京都・正壽院 💛)
 奈良博「快慶」展で拝見。
 快慶作。

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(チラシから拝借)




● 聖観音立像(奈良・東大寺)
 奈良博「快慶」展で拝見。
 快慶の弟子・行快の作らしい。
 元は内山永久寺の経蔵に安置されていたが、明治の神仏分離令によって東大寺二月堂へ移された。

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(図録から拝借)



南都焼き討ちの日




今年もやって来ました、12月28日。

“ 南都燈火記念日 ”


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<南都焼き討ち被害寺社一覧>  (一部伝承のものあり)

     東大寺
     手向山八幡宮(旧)
     興福寺
     率川神社
     隼神社
     般若寺
     元興寺
     法華寺
     不退寺
     超昇寺(現在廃)
     佐紀神社
     正暦寺 〔以上、奈良市内〕
     當麻寺 〔葛城市〕
     神童寺 〔京都府木津川市〕
      → 拝観のしおりには南都焼き討ちの際、平資盛によって焼かれたとあるが、平重衡の間違いでしょう。
     ★内山永久寺(現在廃) 〔天理市〕

           ★:昨年の一覧から追加


神童寺は南都焼き討ちの前哨戦で被害を受けたのではないかと思われます。




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838年前の治承四年(1180)12月28日の南都焼き討ちにより、大仏殿で1,700余人が焼死。

合掌






≪余談≫

 奈良国立博物館には、大仏殿の焼け残りの部材を使った仏像(愛染明王坐像、地蔵菩薩立像)が保管されています。

愛染明王坐像
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(図録から拝借)


 焼き討ちが無ければ、この仏像は無かった。


梶原景時の墓


国生み神話の舞台として知られる沼島 [ぬしま] へ行って初めて、
梶原景時の末裔によってかつてこの島が治められていたことを知りました。



沼島





梶原氏の氏寺で、寄進された宝物を今に伝える神宮寺や、景時の墓と伝わる五輪塔があります。



梶原五輪塔
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「この境内にある五輪塔(写真右側の塔)は、永録から天正初期にかけて
島主として沼島水軍を支配していた梶原一族の祖、梶原景時の墓と言われています。
景時は、源平の石橋山の合戦で平氏方として源頼朝の軍を破ったが、
洞窟に潜んでいた頼朝を故意に見逃し、後に源氏が復活した際に頼朝方につき、
頼朝が死ぬまで側近として勢力を振るった人物です。」
(兵庫県指定重要文化財)



この五輪塔は鎌倉時代初期に造られたものようです。
景時の供養塔として、その末裔が大切にしてきたのでしょう。

鎌倉市には梶原氏ゆかりの “梶原” という地区があって、その近くにも景時のものと言われている墓があります。
ワタクシ、以前にこの梶原に住んだことがあるので、沼島でまさかの再会にびっくりです。

景時の嫡男・景季 [かげすえ] も 『平家物語』 にたびたび登場しますが、
一ノ谷の戦いで平重衡を生け捕りにしたのは、景季たちでした。



 ※ 沼島の見る・知る →



沼島への船旅は約10分
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淡路島から見た沼島 (おのころ島)
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関門海峡散歩


JR下関駅を出ると、フグ、源平合戦(壇ノ浦の戦い)、巌流島の決闘、幕末維新に関連するものをよく目にします。
最近では、童謡詩人・金子みすゞゆかりの地としても知られてきました。


「平家踊りの群像」 @JR下関駅前
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平家踊りは下関の郷土芸能で、関門海峡の海に沈んだ安徳天皇と平家一門の供養のために始まったと言われています。
ネットで動画を見ましたが、かなり練習しないとうまく踊れないような印象です。





水天門から関門海峡を望む @赤間神宮(下関)
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ホーイチ ~ ライブ in ダンノウラ @赤間神宮(下関)
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安徳天皇陵 @赤間神宮(下関)
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「壇之浦町」
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「ノ」ではなく「之」。
奥に見えるのは関門橋。








「義経八艘飛」
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巌流本舗のまんじゅう。 →
ドラ焼きの「巌流焼」も美味いが、これもなかなか。








フグのモニュメント @唐戸市場(下関)
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山口では、フグをフク(福)と言うことがあります。
唐戸市場は魚関連の卸売り市場から、最近は観光市場へ変わっています。
寿司を中心に、その場で美味しい魚介類を頂くことができます。




関門海峡を目の前にして @唐戸市場(下関)
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フグの白子、ノドグロ、マグロのほほ、マグロの脳天、ヒラメのエンガワ。
フグの唐揚げも美味でした。




海の下の方々と乾杯! @唐戸市場(下関)
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ご当地ナンバープレート
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フグとクジラがデザインされていますね。
クジラは捕鯨もしていた大洋漁業(現 マルハ)の本拠が下関にあったことに由来。
大洋ホエールズ。。。。。松原、山下、田代、平松、遠藤、高木。。。







波乗りの「ふくの像」 @亀山八幡宮(下関)
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亀山八幡宮は唐戸市場の向かいにあります。
境内からの関門海峡の眺めもよい。




亀山八幡宮鳥居扁額
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陰刻された“山”に野球ボールが挟まったのが1958年ごろで、以来、ずっとそのままだそうです。





海の向こうに渡ります。



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JR門司港駅の駅舎は現在工事中で、2019年3月リニューアルオープン予定。



門司港駅周辺は、レトロな洋館が点在しています。
バナナのたたき売り発祥の地で、以前訪れたときには実演していましたが、今回は見かけませんでした。
まだやっているのかな。
ご当地グルメは焼きカレーで、街中にお店があります。




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もちろん門司側にも源平合戦関連モノはある。








門司港側から見た壇ノ浦方面
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平重衡の正室・輔子もあのあたりでダイブしようとしたんだよな。



夏の一大イベント、関門海峡花火大会を翌日に控えて、関係者が準備に追われていました。





≪余談≫

亀山八幡宮 (唐戸市場屋上から)
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 かつて亀山八幡宮の大鳥居の西側(現在駐車場になっている場所)に、三好写真館がありました。
 昭和5年(1930) 3月9日、下関に住んでいた金子みすゞがこの写真館を訪れました。
 写真撮影のためです。
 翌日、幼い娘を残してあの世へ旅立ちました。
 享年満26歳。


平重衡を追う(69)~ もうひとつの松蔭の硯


南都焼き討ちで平家軍の総大将だった平重衡は、一ノ谷の戦いで生け捕りにされて京都で監禁されているときに、
法然上人から戒を授かったと 『平家物語』 に書かれています。
重衡は受戒のお礼に、法然さんに 「松蔭の硯」[まつかげのすずり] を贈ったとあります。
その硯は奈良県の當麻寺奥院に伝わっていて、奥院の宝物館で拝見したことは以前の記事にアップしました。
  → 「當麻寺奥院2013秋」
  → 「平重衡を追う(7)~ ゆかりのグッズ」



「松蔭の硯」(@當麻寺奥院)

(図録から拝借)


※當麻寺奥院のHPの宝物館のページにも、松蔭の硯が紹介されています。 →



この松蔭の硯、実はもうひとつあるのです。
所蔵するのは、京都の百万遍知恩寺。
(単に知恩寺とも呼ばれますが、知恩院とは別のお寺です)
京都国立博物館で開催中の 「百万遍知恩寺の名宝」 展で、この松蔭の硯が出陳されています。


松蔭硯
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(展覧会チラシから拝借)


  「平清盛が愛用したと伝えられる硯で、南宋の皇帝より贈られたとされる。
   清盛の子の平重衡へと伝わり、その後、法然に託したとされる。・・・・・」


こちらの硯は當麻寺奥院のものと比べると、角張っていますね。
会場の説明には、“松蔭” に [しょういん] とルビがふられていました。
この硯には、後奈良天皇により松蔭硯の由緒が記された書が付属しています。
その書の一部も展示されていますが、素人のワタクシには理解不能な文です。
ただ、一ノ谷、義経、重衡、生捕、源空、清盛、師盛などのキーワードは読み取れました。
『平家物語』 をもとに松蔭硯にまつわる話をまとめた内容かなとスイソクしましたが、
室町時代の後奈良天皇の宸筆であるところに価値がありそうです。


百万遍知恩寺は浄土宗七大本山のひとつで、宗祖の法然上人が開基。
上人の高弟のひとり、勢観房源智が第2世。
源智は一ノ谷の戦いで戦死した平師盛の遺児と伝わっています。
平師盛は平重盛の子で、平清盛の孫でもあり、平重衡の甥っ子に当たります。





≪余談1≫

 「百万遍知恩寺の名宝」 展 (2018年8月7日~9月9日) で、気になった他の展示品をいくつかご紹介。


 ■ 鉦鼓 [しょうこ]

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(展覧会チラシから拝借)


   「重源上人鉦鼓之写」の線刻がなされています。
   江戸時代の東大寺勧進職・公慶上人の没後、弟子の公盛、公俊、庸訓がその職を継ぎました。
   公俊が勧進の際に使った鉦鼓は、南都焼き討ち後に勧進職となった重源上人が使ったものを模造したもの。
   重源上人が使った鉦鼓は現存していて、東大寺ミュージアムでたまに出陳されます。


 ■ 阿弥陀如来立像

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(展覧会チラシから拝借)


   快慶か、快慶工房の仏師によって作られたことは間違いないようです。


 ■ 徳川家光像

   江戸時代に描かれた絵で、道恕の賛があります。
   道恕は東大寺別當をつとめた僧侶。


 ■ 浄土曼荼羅図(当麻曼荼羅図) 〔重要文化財〕

   数ある当麻曼荼羅図の模本のひとつですが、他と違う特徴があります。
   説明が難しいので、現物を見て確かめてください。





≪余談2≫

 平成知新館1階の彫刻エリアの 【閻魔と地蔵】 コーナーで展示されているお地蔵さんのなかに
 奈良の内山永久寺(現廃寺) に伝来した地蔵菩薩立像がありました。
 作者は南都仏師の善円または善派らしい。






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なむさいじょう

Author:なむさいじょう



阪神エリア在住のおっさん。
時間を見つけては奈良めぐり。

※2013年までの過去記事は本サイトへインポート後、一部を除いてリンクの更新等を行なっておりませんので見苦しい部分があります。ご了承ください。
※過去記事へのコメントも歓迎。

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