「真田丸」がらみで落穂ひろい (3)



ほとぼりが冷めないうちに、「真田丸」関連ネタの蔵出しを追加。

今回は、秀吉の甥・豊臣秀次の墓所。




【瑞泉寺(京都)】

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  豊臣秀次とその一族の墓所で、菩提寺。
  境内は狭いながらも参拝自由なので、何度かお参りしています。
  平成28年秋の京都非公開文化財特別公開では、屋内で秀次ゆかりの貴重な品々が展示されました。
  秀次の一族が処刑された話は、あまりにもむご過ぎる。
  処刑された女子の多くはまだ年齢が10代で、彼女らが詠んだ辞世の掛け軸が展示されていました。
  その掛け軸は生前愛用していた着物で表装されたものだそうで、目頭が熱くなるばかり。
  普段は京都国立博物館に寄託されているとのこと。








【光臺院(高野山)】

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  快慶作のとても優美な阿弥陀三尊像を拝観するため、2013年に伺いました。
  裏山に、秀次の墓所があります。
  高野山で文禄4年(1595) 7月15日に切腹したあと首は京都に送られたので、ここにはムクロが埋葬されていることになります。
  光臺院はいわゆる観光寺院ではないため、アポなし参拝は不可です。
  参拝に当たってはいろいろ条件があり、事前に電話で確認するのがよいでしょう。



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  境内にある多宝塔はレプリカ。 (という表現でいいのかな)
  オリジナルの多宝塔は大阪の藤田美術館の庭園に移設されています。






≪余談1≫

  近江八幡は秀次が築いた城下町。

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≪余談2≫

  豊臣秀長墓所 @大和郡山

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  秀長は秀吉の弟。
  もう少し長生きしていたら、晩年の秀吉の暴走を止められていたかも。





   ※ 「真田丸」 がらみで落穂ひろい (1) →





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