ハイキング立ち寄り大明神 (21)



二月堂修二会で毎夜読み上げられる “神名帳” の神様のうち、ハイキングなどで立ち寄った神社のご紹介。

続きです。

今回も京都方面。



● 木嶋坐天照御魂神社 (京都市右京区太秦森ケ東町)

   神名帳では、木島大明神 [このしまノだいみょうじん] (51) ←神名帳で読み上げられる順番


  木嶋坐天照御魂神社 [このしまにます あまてるみたま じんじゃ] と読みます。



  京都市内を走る嵐電の駅に 「蚕ノ社」 [かいこのやしろ] があります。

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  おとぎ話に出てきそうな、かわいらしい名前ですね。
  実は木嶋坐天照御魂神社のことなのです。
  木嶋神社 [このしまじんじゃ] とも言うそうです。
  境内の由緒書にもありましたが、『続日本紀』 大宝元年(701) 4月3日条に 「木嶋神」 としてこの神社が載っていることから、
  それ以前から存在していた、えらく古い神社と分かります。
  京都市内でも最古級の神社ですね。
  このあたり (太秦 [うずまさ] ) を拠点としていた渡来系氏族・秦氏に係わりがあるようです。
  秦氏は大陸から漢織 [あやはとり] や呉織 [くれはとり] を伴って渡来したといい、
  その際、養蚕や染色の技術も持ち込まれたようです。
  神社の本殿の東隣りにある蚕養 [こかい] 神社には、養蚕・織物・染色の神様が祀られています。
  蚕ノ社は本来この蚕養神社のことを言うのですが、木嶋坐天照御魂神社全体の通称になっているようです。



木嶋坐天照御魂神社

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「かいこのやしろ」 と彫られている手水鉢
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珍しい三柱鳥居 (上空から見ると △ の形)
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  境内の石灯籠には、 「呉羽講」 の文字が彫られていました。
  綾羽 [あやは] ・呉羽 [くれは] の呉羽が由来でしょう。




木嶋坐天照御魂神社









● 平野神社 (京都市北区平野宮本町)

   神名帳では、平野大明神 [ひらのノだいみょうじん] (53)


  祭神は4柱あり、その第一は今木皇大神 [いまきすめおおかみ] 。
  もともと奈良の平城京の 「田村後宮」 (藤原仲麻呂の元居住地) にこの神様が祀られていたようです。
  ( 『続日本紀』 延暦元年(782) 11月19日条に記載あり)
  宇治谷孟訳 『続日本紀』(下) の注によれば、
  今木 [いまき] は “今来” (古代、新たに渡来した者の意) で、今木大神は渡来系の神と考えられ、
  百済系の高野新笠 [たかののにいがさ] (桓武天皇の生母) に信仰されて、
  田村後宮に祀られていたが、平安京への遷都に伴って山城国の平野の地に遷座したということです。
  現在は、桜の名所として知られています。



平野神社

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最近、動物のおみくじを見かけることが多い。
平野神社の場合、リスでした。
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※ 公式HP →



平野神社






≪余談≫

  明日香村の於美阿志神社 [おみあしじんじゃ] は、由緒によると、
  百済から渡来した阿智使主 [あちのおみ] を祭神としています。
  二月堂修二会の “神名帳” で於美阿志神社を今木大明神と呼ぶ理由は、
  上述の宇治谷孟訳 『続日本紀』(下) の注の説明で納得できました。


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