五條で寄り道



井上内親王の俤を訪ねた五條巡り。
「寄り道」 篇です。




■ 楊貴氏墓誌出土地

  吉備真備の母・楊貴氏 [やぎし] の墓誌が出土したとされる場所は、五條市立五條西中学校の近く。

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  説明版から抜粋:
   「この墓誌は享保13年(1728) にこの付近の山中で偶然出土したと伝えられますが、
    現存せず、右の銘を写した拓本だけが残っています。
    この楊貴氏墓誌は、縦10.7cm、横13.7cm、厚さ2.8cmの塼 [せん] に文字を刻んでいたようです。
    銘文には、奈良時代の政治家である吉備真備が、天平11年(739) に亡き母を火葬して墓を営んだ時に
    これを作ったとあります。
    楊貴氏の墓とこの墓誌については謎が多く、塼と土器を用いた火葬墓であったと思われますが、
    正確な位置は分かりません。
    毎年9月12日、地元の人びとが現在の墓の周辺を清掃して慰霊祭を催すなど、大切に守られています。」

  それにしても、なぜこの地に埋葬されたのでしょうか。





■ 藤原武智麻呂の墓所

  藤原武智麻呂は、藤原不比等の長男で藤原南家の祖、光明皇后の兄。
  子には、豊成 (中将姫の父) や仲麻呂 (恵美押勝) などがいる。
  天然痘で相次いで死去した藤原四兄弟のひとり。
  五條にある榮山寺は武智麻呂の創建と伝わります。

  武智麻呂の墓は、榮山寺北側の小山の上にあります。
  榮山寺の東隣りにある駐車場の奥から登っていきます。
  思いのほか急な山道でした。


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墓石には江戸時代の元禄6年(1693) 銘あり。




  榮山寺境内にある八角堂は、武智麻呂の菩提を弔うために子の仲麻呂が建立したと伝わっていて、
  奈良時代の貴重な建築として知られています。

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■ 餅商一ツ橋

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  今回の五條巡りで、JR五条駅で降り、観光案内所に立ち寄ったあと、まず向かったのがここ。
  日曜日定休、売り切れ御免でお昼頃には閉店することもあるので、県外ビジターにはハードルが高いのだ。
  焼き餅と草餅を所望したのに、おばちゃん、間違えて草餅をきなこ餅にしてくれていたと気づいたのは、
  吉野川の土手上のベンチで春の日差しを浴びながら頂こうとしたとき。
  きなこも大好きなので、のーぷろぶれむでしたが。





■ まことちゃん地蔵

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  二度目の訪問。


「グワシ」 で指がつりそうになったの図 (前回訪問時)
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  まことちゃん地蔵の前で、おっさんが 「グワシ」 のポーズをしたまま気絶、なんて記事が新聞に載ったらカッコ悪いし、
  今回はやめといた。






  帰りの電車まで少し時間があったので、駅の待合室でベンチに座って寛いでいるとき、
  ふと横を見たら座布団のゴーカスターがお見送り。

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  次回、五條を訪れるときは何をキーワードにしようか。


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