ハイキング立ち寄り大明神 (32)



二月堂修二会で毎夜読み上げられる “神名帳” の神様のうち、ハイキングなどで立ち寄った神社のご紹介。

続きです。




● 下居神社

   神名帳では、下居大明神 [おりいノだいみょうじん] (219) ←神名帳で読み上げられる順番


  桜井市観光協会のHPから抜粋すると、
    下居 [おりい] 神社は、境内が下 [しも]、浅古、倉橋の三つの大字の境にある旧村社で、式内社。
    参道入口は多武峰街道に面しているが、本殿まで500メートルぐらいある。
    途中に弘化三年銘の金毘羅大権現の碑があり、やがて入母屋造りの拝殿に着く。
    本殿は檜皮葺の春日造りで、祭神は彦八井耳命 [ひこやいみみのみこと]。

  下居神社近くの倉橋というところには、崇峻天皇の倉梯柴垣宮 [くらはししばがきのみや] があったらしく、
  神社はその鎮守社だったようです。
  592年、蘇我馬子の命を受けた東漢駒によって崇峻天皇が暗殺されたため、
  天皇の子の蜂子皇子 [はちこのおうじ] は身の危険を感じて都を脱出。
  出羽 (今の山形県庄内地方) にたどり着き、出羽三山神社 (月山神社、出羽神社、湯殿山神社) を開山したといいます。
    ※出羽三山神社HP →
  多くの摂社末社の中に、下居社があるそうです。
  懐かしい故郷にある下居神社を分霊したのでしょう。
  蜂子皇子を祭神とする蜂子神社もあるそうですから、現地ではかなり有名なのでしょう。
  (奈良でも有名な人?)

  ところで、風変わりな名前の蜂子皇子の肖像画を見ると、不気味な顔で描かれています。→
  非凡な能力を持っていたことを暗示しているのかも知れません。




下居神社 (桜井市)
201706100834A.jpg

聖林寺参拝の折に立ち寄りました。








下居神社








蜂子皇子墓


皇族なので宮内庁管理になっている。





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かすがさん、こんばんは!

コメントありがとうございます。

聖徳太子とは、たしかイトコの間柄の蜂子皇子。
肖像画を見るまでは、大津皇子像のような愁いのあるイケメンを想像していました。
多くの民衆の悩みを引き取った結果、こんな顔になったとも言われているようですね。

神名帳の記事、読んでくださってありがとうございます。
素人の妄想と余談だらけですが、楽しんでいただければ幸いでゴザイマス。

蜂子皇子の画像見ました。

肖像画って多少美化されて描かれると認識してますが、これはなんでしょ(;^_^A
そういう配慮は丸でナシですね。

蜂子皇子の名前は聞いたことがありましたが、その後どうなったまでは全然気になったことがなかったので意外でした。

神名帳シリーズ、少し拝見しましたが面白いですね(*゚▽゚*)
メッチャお詳しいし♡
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