平重衡を追う(60)~ 南都焼き討ちの痕跡



東大寺の東塔跡の発掘で、治承4年(1180)の平重衡の南都焼き討ちにより東塔が焼け落ちたとみられる痕跡が見つかったと、2016年10月に報道がありました。
  その当時の資料 → (PDF, 1.71 MB)

現場説明会には行けませんでしたが、同11月にたまたま現場近くを通ったとき、その痕跡を見ることができました。



東大寺東塔院跡発掘現場 (2016年11月)
201711114669xA.png



基壇の階段の踏み石 (右の矢印) には焼け焦げた跡が残っていて、倒れかかった石材 (左の矢印) が出土するなど、
塔が炎上して倒壊した様子が伝わります。
南都焼き討ちの痕跡を実際に見たのは、これが初めてでした。

ん?。。。木の陰からこっそり発掘の様子をうかがっている人が! 犯行現場に戻ってくるとよく言われますが。。。。




で、2017年8月5日の現場の様子。

201708051606A.jpg


現在、基壇は埋め戻されています。

実はこの日、東大寺で 「東大寺東塔院跡の発掘調査2 -天平の塔基壇- 」 と題する講演会があり、聴講しました。
内容は、
   1.東大寺東塔院とは?
   2.平成27年度の調査で判明していたことと問題点
   3.平成28年度の調査で判明したこと
   4.今後の調査と課題
でした。
また、出土品から分かる奈良時代の塔の屋根の一部も紹介され、配布資料にも写真が載せてありました。
とても興味深い内容が盛りだくさんでしたが、ここで詳しく紹介できませんのであしからず。
「4.今後の調査と課題」 は、東塔を囲む回廊と四方に設けられたであろう門の実態解明、だそうで、
新たな解明が進むことを期待します。

素人にも分かり易い譬えを使っての説明だったり、現場での苦労話があったりと、とても好感の持てる講演でした。


201708051599A.jpg



 ※ 西塔跡も一緒に発掘したらいろいろと分かるはずなのに、と素人は簡単に考えますが、簡単には行かないのでしょうね。



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