冥途の飛脚・巡礼5[京都]



■ 梅川の実家あたり(京都・数珠屋町)

梅川が京都にいる親に一目会いたいと、
大和・新口村で隠れているときに忠兵衛に泣きつく場面があります。
お梅ちゃん、実家は京都なんですね。

オリジナルの『冥途の飛脚』では、母親が京都の六条にいる、となっていますが、
改作の『傾城恋飛脚』では、両親が六条の数珠屋町にいる、と少し違ってます。


  さりながら わたしが父さん母さんは 京の六条 数珠屋町
  ・・・・・・・
  母さんは眩暈(めまい)持ち。
  もしものことはあるまいかと わが身の上より案じられ、
  今一度 京の両親に一目逢ふて 死にたふござんす。
                      『傾城恋飛脚・新口村の段』


親思いの優しい女の子ですね。

下駄の鼻緒が切れて転んだ忠兵衛の実父を見て
隠れていた梅川が思わず飛び出して介抱するのも、
そんな優しさがあるからでしょう。



さて、「数珠屋町」はどこだ、と探すと、西本願寺の東側に「珠数屋町」があります。
「数珠」ではなくて、「珠数」になっています。
調べたら、「数珠」は字の前後を入れ替えて「珠数」と書く場合もあるらしい。
どちらも「じゅず」と読む。

先日、龍谷ミュージアムに行ったあと、
そのすぐ北側の道を歩いたときに、何気なく撮った写真。
子どもが2人歩いているあたりが、まさに「珠数屋町」でした!!

    

そのとき梅川の実家のことなどまったく知らずに歩いていたので、あとで知って驚きました。
きっとお梅ちゃんがこの場所に導いてくれたのでしょう。
東本願寺の東側にも似た町名の「上珠数屋町」がありますが、
「珠数屋町」がお梅ちゃんの実家あたり、とワタクシは思うことにします。

もし梅川の実家が京都というのが本当だとすると、
近くの近江地方に知り合いがいても不思議ではありませんね。
そのつてを頼って、近江の矢橋に移り住んだのかも知れません。







珠数屋町の近くにある龍谷ミュージアム (2013.8.9)





京都駅にいた橿原市観光親善大使『さらら姫』と「こだいちゃん」 (2013.8.9)

忠兵衛の生まれ故郷は、橿原市の新口町です。







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★emirinさん、こんばんは!
波乱万丈の人生ですけど、
近松のお蔭で今の時代に伝わっているのですから、
きっとあの世で驚いていることでしょうね。
じぇじぇ、って。。。。言わないか。
うばがもちは今回は買いませんでした。
GWに飯道山に行ったときは草津駅で買いましたけど。
写真の奥に写っているのは、西本願寺伝道院、という建物です。
中には入りませんでしたが、外観は洋館っぽいですね。
はい、まだ2回残ってます。
しつこくて申し訳ありませ~ん。(笑)

今晩は!
滋賀県、草津へ・・・
梅ちゃんは、だれかを頼って草津に行ったのでしょうか・・・
ここで、83歳まで・・ホント長生きされたのですね。
何を思いながら過ごされたのかしら・・・
波乱万丈の人生・・・なんだか可哀相!
草津からの帰り・・”うばがもち”買われましたか?
京都・・珠数屋町あたりより、写真の建物が気になりました(笑)
西本願寺の建物でしたっけ?
えぇ~、まだまだ続くの??
楽しみにしていまぁ~す!

★白雪さん、こんにちは!
たしかに飛脚みたいですね。(笑)
もう少しうろうろする予定です。
前回の「川の下」。ナルホド、三途の川かぁ。
急なことだったので、六文銭は持っていませんでした。
珠数屋町の周りに、たしかに紅葉町がありますね。
調べたら、文覚上人ゆかりなんだそうで、高雄町、文覚町も発見!
少し離れたところにある「天使突抜町」!!
天使が突き抜けた、ってどんなところなんでしょう。
京都の町名は面白いです。

おはようございます。
浪花・大和・近江そして京とまるで飛脚見たいですね。
前回の川の下は多分三途の川だとお思いますよ。
数珠屋町(珠数屋町)さすが本願寺の側にあるなんて、納得です。
地図を見ていたら高雄の紅葉もありますね、おしゃれですね。
では、次も乞うご期待です。
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時間を見つけては奈良めぐり。

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