三勝・半七



   “今ごろは半七様(はんひっつぁん)、どこにどうしてござろうぞ・・・”


浄瑠璃 『艶容女舞衣』 (はですがた おんな まいぎぬ)で、
半七と夫婦になったものの、一度も抱かれたことのないお園さんが
もの思いに沈みながらつぶやきます。


元禄8年(1695)12月、赤根屋半七とその愛人・美濃屋三勝が
大坂の千日寺墓地で心中した事件を題材にしたお芝居です。



半七は、奈良県五條市にある新町通りで染物屋を営む半兵衛の息子でした。


  新町通りにある半七宅跡

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  五條市櫻井寺墓地内の三勝・半七比翼塚

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    「嵐雪月昭信士 赤根屋半七」
    「月雪妙霜信女 美濃屋三勝」

立派な比翼塚ですね。
右側面には「元禄八年極月六日没」、
左側面には、昭和六年十二月六日に建てたと彫られています。


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さて、三勝と半七が心中した千日寺墓地。
現在の大阪千日前あたりにありました。
千日前にある三津寺墓地がその面影をわずかに残しています。


  三津寺墓地
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その三津寺墓地にも、三勝・半七比翼塚があります。
櫻井寺にある比翼塚よりずっと古そうです。

  石碑には「三勝半七の墓所」と彫られている。
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長い間、風雨にさらされたためか、あるいはお守りとして削られたのか、
かなり傷んでいます。

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彫られた文字がわずかに残っていますが、判読不能。
もともとは、櫻井寺の比翼塚と同じ文字が彫られていたのかもしれません。

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<余談>

同じ三津寺墓地に、安井道頓の墓がありました。
道頓堀の道頓さんです。

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