平重衡を追う(14)~重盛(3)


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今回も番外。

重衡[しげひら]の兄ちゃん、重盛[しげもり]を追う、の3回目。

重盛の息子・維盛[これもり]は、光源氏の再来と言われた美貌の貴公子。
南都焼き討ち事件の主犯・重衡と、光源氏っぽい維盛は、叔父・甥の関係になりますが、
年齢はほんの1歳ほど重衡が年上。



奈良焼き討ちなう (重衡)
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「弟・重衡の悪行、誠に申し訳ない」
平重盛
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閑話休題。






兵庫県尼崎市に、平重盛の菩提所となった専念寺(浄土宗)があります。
通称「あかもんさん」。

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門前の石碑 「開基 小松内大臣 平重盛公」

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お寺の掲示板にある説明文から一部を拾ってみました。


平重盛と専念寺

 重盛による開基
   当寺は、法然上人(1133-1212)に深く帰依した平重盛(1138-1179)によって、
   治承元年(1177)、東長洲<注1>に建立された。(江戸時代に現在地に移転)

 重盛死去と赤門由来
   しかし、重盛はそれからわずか2年後の治承3年(1179)に亡くなった。
   当寺はその直後、朝廷より建立者重盛の菩提を弔う寺(菩提所)とされた。
   また重盛の生前の朝廷(政権)における功績により、
   朝廷より朱塗りを施した表門(山門)を許された。

 法然と平氏
   平氏と法然との関係は深く、浄土宗には「小松大臣(重盛)は年来の檀那也」との
   伝承記録があるが、当寺の伝承はそのことを裏付けるもの。
   重盛の弟の重衡、妹の建礼門院徳子も兄同様、法然に帰依した人である。
   重衡は一ノ谷の合戦で捕えられ、鎌倉へ護送されることになった際、
   源義経の許しを得て法然と対面し、あらためて念仏往生の教えを受けた。
   重盛の長男の維盛も、法然より戒を受けたとの伝承がある。
   そして、法然の弟子、勢観房源智(1183-1238)は、平重盛の五男の師盛の長男、
   つまり重盛の孫といわれる。
   源智は1184年に父師盛が一ノ谷の合戦で敗死する前年に生まれていたが、
   源氏から隠されて育てられ、1196年13歳の時に縁あって法然のもとへ送られるが、
   天台座主慈円のもとで入門、出家し、やがて法然の門下に戻り、
   高弟のひとりとなった。
   浄土宗において、源智はたいへん重要な祖師のひとりである。
   平家一門ではないが、平氏政権下で重要な役職にいた藤原邦綱<注2>も
   法然に帰依し、戒を受けている。
   この邦綱の別荘である寺江山荘(寺江亭)<注3>は、
   東長洲の専念寺の付近にあったと考えられる。

 当寺に伝わる重盛の護持仏
   阿弥陀如来像
     他の類例がほとんど見られない下品下生の印相だが、
     彫刻様式は平安時代末期の典型的な作風のもので、
     重盛の念持仏であったと思われる。
   十一面観音像
     平安後期の作で、一木造り。
     観音菩薩は阿弥陀如来の脇侍だが、海上交通を守護するものとして
     平家一門にとっては特別な信仰の対象である。

                            2012年 専念寺



       <注1>東長洲は、川尻[かわじり]と呼ばれていた神崎川の河口の地で、
            現在の尼崎市杭瀬北新町3丁目あたり、または長洲中通2丁目あたり。
            (専念寺の説明書きより)
       <注2>平重衡の妻・藤原輔子(=大納言典侍)のパパ。
       <注3>寺江亭の記事→


十一面観音像と阿弥陀如来像
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本堂には入らなかったので、重盛の護持仏とされる仏像は拝めませんでした。


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当初は専念寺が寺江亭の近くにあったということは、
清盛、宗盛、重衡、藤原輔子らも専念寺に立ち寄った可能性がありますね。



    境内に、五刧思惟さん!

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専念寺は、尼崎市寺町にある寺院のひとつ。
阪神尼崎駅の南西に位置する寺町界隈は多くのお寺が密集していて、
尼崎の観光スポットのひとつになっています。











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tag : 大納言典侍

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みのさん、こんばんは!

お返事遅くなりまして、申し訳ありません。

過分なお言葉、恐縮です。
お恥ずかしい限りです。

源智上人のことは実はあまり知らなかったのですが、
今回の専念寺訪問で興味を持ったところ、
偶然にもNHKの番組で例の阿弥陀如来立像のことをやっていたので、びっくり!
興味深く拝見しました。
もっと知られてもいい方ですね。

話題がよく脱線しますが、今後ともよろしくお願いします。


勢観房源智上人

 こんにちは。
 『重衡を追う』 いつも楽しく興味深く読ませていただいてます。
 縁の地を訪ね歩き、説明がとてもわかりやすく知りたい写真のタイミングも場面も、現地案内をしていただいている気になります。
 清盛ー重盛ー師盛ー源智上人 いつかこのシリーズで源智上人が、、と期待していました。浄土宗の方には、なじみの深い『一枚起請文』を法然上人僊化直前に直接、受けられた方です。また、法然上人の一周忌前に阿弥陀如来立像を多くの信者の布施により造立されました。(信楽の玉桂寺にて発見され、胎内造立願文など調査後、法然上人800遠忌にて知恩院へ)
 これから、どこの史跡、縁のどなたが出てくるのか楽しみです、そしてなむさいじょうさんのシリーズを参考に、平家物語 をたどってみたいと考えています。
本当にわかりやすい解説、そうとう学ばれている人でないとここまでできないとおもいます。私の大切な参考書となっております。感謝します。
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