平重衡を追う(21)~別の室山古戦場



  室山の戦い(むろやまのたたかい)
    寿永2年(1183年)11月29日、
    播磨国室山(兵庫県たつの市御津町室津港の背後にある丘陵)に陣を構える平氏軍を、
    源行家軍が攻撃して敗れた戦い。
    平安時代末期の内乱、治承・寿永の乱の戦いの一つ。
  (wikipediaから)

このとき、平知盛・平重衡率いる平家軍は2万余騎、
源行家軍は500余騎(『玉葉』では約270騎)だったといいます。


戦場は、最近では兵庫県たつの市の室津とするのが通説ですが、実は別の説があります。
同じ兵庫県の小野市樫山町の室山地区がそれで、地誌『加東郡誌』に紹介されています。
また、江戸時代の宝暦年間に編纂された地誌『播磨鑑』でも、この室山地区について、
「播磨国室山合戦といふは此所也、其故に源平の古跡多しと也」と書かれています。


たつの市の室津には行ったことはありませんが、地図などで想像するに、
山が海に迫っていて平地が少ないように見えます。
このような場所(室津港の背後にある丘陵)に、2万余騎が布陣できるのでしょうか?
押しくらまんじゅう状態で、中には海に落ちてしまう騎馬もいたのでは、と妄想。
大げさな数字をぶち上げた?


たつの市御津町 室津






一方の小野市樫山町室山地区。

実際に行ってきました。
このあたりは加古川を挟むように東西から丘のような小山がせり出し、
関門のようになっていて、要所のように見えます。
加古川沿いに移動してくる軍列を待ち伏せできる、なかなか良い場所では?(素人考え)


写真① 室山古戦場
201508113305-01111.jpg


写真② 室山古戦場 (加古川の対岸から)
201508113310-0111.jpg



室山古戦場周辺マップ (①、②はそれぞれ上の写真①、写真②の撮影場所)
kashiyama-1411.png





小野市樫山町室山地区周辺







平家物語によれば、平家軍にボコボコにされた源行家たちは、
命からがら逃げて播磨国高砂から舟に乗って和泉国へ向かった、とあります。
高砂とは今の兵庫県高砂市で、加古川が播磨灘にそそぐ町。
地図を見ると、たつの市の室津からわざわざ何度も川を渡って高砂へ逃げるより、
小野市の室山地区から加古川沿いに高砂へ逃げるほうが、より自然に思えるのですが。。。

小野市の室山とたつの市の室津の位置関係
muroyama-213.png






そういえば、室山の戦いの約2か月後に行われた三草山の戦いで、
ボコボコにされた平資盛ら一行は加古川沿いに敗走し、
源行家と同じように高砂から舟に乗って逃げたのでした。
三草山は加古川の上流にあります。





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