平重衡を追う(27)~千手前(2)



千手前[せんじゅのまえ]。

囚人として重衡が鎌倉に滞在した約1年間、身の回りの世話をしたお嬢さん。
当時20歳。

『平家物語』には「千手前」と題する章があって、
そこで書かれた彼女のイメージが後世に展開しているようです。

『平家物語』で重衡に係わる主な女性は
正妻の大納言典侍[だいなごんのすけ](=藤原輔子[ほし])、
愛人の内裏女房(=左衛門佐[さえもんのすけ]、京で再会当時21歳)、
そして千手前の3人。
このうち千手前が飛び抜けて、後世に活躍していますよ。

    ・能の演目に『千手』がある。
    ・育った場所と伝わる静岡市手越に、千手前の石像がある。
    ・静岡県磐田市には千手前のものと伝わる墓があり、供養祭がある。
    ・磐田市の観光大使の一人は、千手前の役。
    ・磐田市には、「千寿」という名の日本酒やお菓子がある。
    ・大阪の藤田美術館が所蔵する平家琵琶の銘が「千寿」。

千手ちゃんは、磐田市には無くてはならない存在のようですね。

一方、ほかの女性はどうでしょうか。
大納言典侍は、『義経千本桜』の「渡海屋・大物浦の段」で
“おりう”という名の女房になりすまして登場していますが、あくまでお芝居での話。
内裏女房に至っては、よく分かりません。



“おりう” 実は典侍[すけ]の局と安徳帝
(『義経千本桜』「渡海屋・大物浦の段」から)





千手ちゃんに話を戻します。
『平家物語』だけでなく、鎌倉幕府が編纂した歴史書『吾妻鏡』にも千手前が登場しますが、
鎌倉での出来事なので、『吾妻鏡』のほうがに史実度が高いような気がします。
『平家物語』では千手ちゃんは、重衡の沐浴を手伝ったとか、
手越の長者の娘とか、白拍子または遊女とか、容貌が美しいとか、
宴会では重衡は琵琶を弾き、千手ちゃんは琴を弾いたとか、
重衡の処刑後、出家して信濃国善光寺で重衡の菩提を弔ったとかの話がありますが、
『吾妻鏡』にはこれらの話は出てきません。
『吾妻鏡』での千手前の話を参考にして、『平家物語』の話の流れの中で、
こうあって欲しいという千手前の役を演じさせるべく話をアレンジしたのではないか、
という気がしますが、どうでしょうか。




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パンフレットから拝借 (「千寿を考える会」発行)




   ※ つづく



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