南山城・寺社めぐり(2)



神童寺をあとにして、蟹満寺へ向かいます。

たおやかな南山城の山をバックに、黄色の実がなっている木と、
時期終盤を迎えた稲刈りの風景を撮ろうとしていたら、221系がやってきた。

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途中の田んぼの中に、大洪水による災害の記念塔があり、
その横に「綺原神社遺跡」と刻まれた石碑がありました。

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綺原神社[かんばら・じんじゃ]は現在、蟹満寺の東隣に鎮座していますが、
もともとは現在地の南西側約300mあたりにあったようです。





(2) 蟹満寺

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釈迦如来坐像を初めて拝見。
白鳳時代の金銅仏だそうです。
若々しくて、はちきれんばかりのお顔は、
薬師寺の薬師三尊像や興福寺の仏頭に似ている。

蟹の恩返しの話でも有名なお寺。
境内には蟹の絵や彫刻があちこちにあって、それを見つけるのも楽しい。
でも、蟹の恩返しの話。
何も悪いことをしていない蛇をだました父親が一番悪いのでは、とツッコミを入れる。


蟇股にも蟹
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とぐろを巻く蛇の首を挟む蟹
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蟹の足が動いていたら別の看板になるな、などとフキンシンな発想。




ご朱印の蟹がカワイイ
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(3) 綺原神社 [かんばら・じんじゃ]

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蟹満寺の東隣りにあります。

境内の由来書によると、

  正式には、綺原座健伊那太比売神社[かんばらにますたていなだひめ・じんじゃ]で、
  日本書紀や延喜式にも登場する古社。
  祭神はタテイナダヒメ。
  タテは健康、イナダは稲田のことで、
  達者で農耕にいそしめるよう祈願されたものと考えられる。
  綺田[かばた]という地名は、昔は紙織[かむはた]または神織[かむはた]とも呼ばれ、
  神に献じる衣服を織る技術者および養蚕技術者を祀った社とも言われている。


綺田は蟹幡(かむはた)郷という古代の地名に由来するとも言われています。
「八幡」をヤハタ、またはハチマンと言うように、
蟹幡=カムハタ→カニマン(蟹満)となったのでしょう。


境内でヤブ蚊に献血。
採血場所はおでこ。











 ※ 続く






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