南山城・寺社めぐり(4)




山中の光明山寺[こうみょうせんじ]跡から下って、JR奈良線近くへ戻ります。



(5) 以仁王御墓・高倉神社・阿弥陀寺


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        以仁王 [もちひとおう] 御墓

        以仁王は後白河天皇第二皇子にあたり、
        治承四年(1180)、源頼政が平家追討のため
        王を擁立しましたが、宇治川合戦に敗れ、
        奈良へおもむく途中、この地の光明山の鳥居前で
        流れ矢に当たって落命。
        この悲劇の王を悼んだ里人により、墓が築かれたといわれています。





以仁王御墓の入口
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  左石標 『後白河院天皇王子 以仁王御墓』
  右石標 『治承役 高倉宮以仁王 旧蹟』



以仁王御墓
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宮内庁の管理。






  隣接する高倉神社は、以仁王を祀っています。

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   ※境内でヤブ蚊に献血。
    採血場所は左手の甲。



境内横を通るJR奈良線が気になる
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  高倉神社の近くには、亡くなった以仁王の法要が行われたと伝わる阿弥陀寺があります。
  山号は高倉山。

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  以仁王は南都へ逃げる途中、追討軍に追いつかれ、
  光明山寺の鳥居の前で、“雨の降るように射”られた矢が当たって落馬し、
  首を取られた、と『平家物語』巻第四の「宮御最期」に書かれています。
  高倉神社のあたりにその鳥居があったということです。

高倉神社の近くで見かけた看板。
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小字の「鳥居」が残っているのがいいですね。








(6) 浄妙塚

  高倉神社から南側へ約100mほど行ったところ、
  JR奈良線沿いに筒井浄妙の墓と伝わる塚があります。

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  筒井浄妙。
  以仁王に従った三井寺の堂衆。
  『平家物語』巻第四の「宮御最期」の一つ前の「橋合戦」の中で、浄妙坊、活躍しています。
  祇園祭の浄妙山の様子は、この宇治川の合戦での奮闘ぶりを表しています。
  この塚は以仁王御墓の陪塚として、やはり宮内庁が管理。

  石標 『治承役 筒井浄妙塚』


浄妙塚の横を通るJR奈良線が気になる
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(7) 橘諸兄の墓

  以仁王御墓からすこし北に歩くと、井手町に入ります。
  奈良時代の皇族・橘諸兄の本拠地です。
  橘諸兄は井手左大臣とも呼ばれ、母は橘三千代。光明皇后は異父妹。

<参考> 「諸兄」は自筆
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端正な字を書きますね。
几帳面な性格だったか。




  以仁王御墓から徒歩約20分。
  山の中腹に橘諸兄公旧址があります。
  墓所(推定)とされています。

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   ※ここでヤブ蚊に献血。
    採血場所は右手首。




諸兄の墓からなだらかな坂を下る道には、井手町のマンホールが。
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「井」がたくさん








帰りは、JR奈良線・玉水駅から。
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※踏切の名称には小字が使われることがよくあるので、要チェックです。






南山城・社寺めぐり。
想像以上にすばらしく、かつ、かゆい一日でした。













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