平重衡を追う(34)~ 佐藤継信・忠信の墓



【番外】



馬町十三重石塔

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  「この石塔2基は、現在地から北東約500メートルほどに位置する
   馬町[うままち]の路地裏にあった。
   塚の上に並んで立ち、源義経の家人、佐藤継信・忠信兄弟の墓と
   伝えられていた。
   ・・・・・
   以前あった相輪部は後補であったため、
   移設にあたり取り外している。」
                         (説明板より抜粋)



現在は、京都国立博物館・平成知新館の西側の芝生スペースに移設されています。

南塔には、「永仁三年二月」などと刻銘があります。
永仁三年は、1295年にあたります。

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兄・継信は屋島の戦いで討死。

弟・忠信は三草山、一ノ谷、壇ノ浦などの戦いに参戦したあと、
頼朝に追われた義経に従うも、最後は潜伏していた京都で敵に見つかり、
自害したといいます。
忠信は、お芝居『義経千本桜』でキツネになっています。

佐藤“狐”忠信
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京博で至福の琳派マッサージ。(展示会期は終了しています)

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平成知新館1階の仏ゾーンには、
平重衡の甥・師盛[もろもり]の子・勢観房源智上人ゆかりの
阿弥陀如来立像が展示されていました。(常設ではないようです)

胎内に納められていた結縁交名の中には、
後白河法皇、後鳥羽上皇、平清盛、源頼朝などの名前もあるそうです。
(展示はされていませんでした)







こちらは京都市東山区馬町の墓所

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かつてここに十三重石塔が立っていた。





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