平重衡を追う(37)~ 生田の森




神戸・生田神社。


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社殿の向こう側に見えるのが生田の森。
神域ということもあって、わりと最近まで立ち入り禁止だったようです。
かつてはその範囲はもっと広かったことでしょう。

寿永3年/治承8年(1184) 2月7日、源平合戦のひとつ、生田の森・一ノ谷の戦い。
平知盛と重衡が率いる平家軍が源範頼率いる源氏軍と交戦したのが、
大手となる生田の森あたり。


源氏軍に加わった梶原景季(梶原景時の子)は、生田の森の戦いの際、
境内に咲いていた梅の枝を箙 [えびら] に挿して戦った風流武人として知られています。
(『源平盛衰記』)


そして戦況が不利となって、西のほうに逃げる平重衡。

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すると、重衡を追う景季の射た矢が重衡の乗る馬に命中。
代わりの馬に乗ろうとしたら、家来がその馬に乗って逃げてしまい、
今の須磨のあたりで置き去りにされた。
もはやこれまでと腹を斬ろうとした重衡を取り押さえ、
生け捕りにしたのが景季らのグループでした。
梶原景季たち、ぐっじょぶ!
ここで死なれたら、その後の話がありませんでしたからね。




生田の森

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境内の片隅には、伝説のえびらの梅が!
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今回の参拝のときには、すでに花は終わっていました。











平重衡とらわれの遺跡 (@山陽電鉄・須磨寺駅前)



「ここで生け捕られましたぁ~。ほっしー、無念じゃぁー」
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※ ほっしー : 藤原輔子
(平重衡の正妻。大納言典侍 [だいなごんのすけ] ともいう)







生田の森







<余談1>

 生田神社で授与いただける絵馬の中には、イケメンの梶原景季の雄姿が描かれているものもあります。
 ということは、生田神社は源氏系でしょうか。



<余談2>

 生田の森の戦いで、源氏側の先陣を切って討ち死にしたのは、
 武蔵国の住人・河原太郎高直、河原次郎盛直という兄弟。
 現在の神戸・三宮神社のあたりに、かつて河原兄弟の塚があったが、
 神戸の開港以来、土地の発展につれて塚は無くなってしまった。
 その後、兄弟の霊を祀った河原霊社が建立され、現在は三宮神社に遷されている。
  (三宮神社境内にある河原霊社の説明板から要約)


河原霊社 (@三宮神社)
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