在原業平ゆかりの地を行く(22)



24.水無瀬 (大阪府三島郡島本町)

      むかし、惟喬の親王と申す親王おはしましけり。
      山崎のあなたに、水無瀬といふ所に、宮ありけり。
      年ごとの桜の花ざかりには、その宮へなむおはしましける。
      その時、右の馬の頭なりける人を、常に率ておはしましけり。
                       (『伊勢物語』第82段から)

→ 惟喬親王は桜の花の時期になると、
  毎年、山崎の向こうにある水無瀬の離宮へお出かけになった。
  その際、「右の馬の頭なりける人」(在原業平)をいつも連れていった。





 水無瀬 [みなせ] といえば、まず後鳥羽天皇の離宮を思い出しますが、
 惟喬親王 [これたか しんのう] (文徳天皇の第一皇子)の時代から300年も後なので、
 『伊勢物語』に出てくる「水無瀬といふ所に、宮ありけり」の離宮と同じなのかは
 素人のワタクシ、よく分かりません。

 山崎は今の大阪府と京都府の境あたりで、天王山の麓にあって、
 古来より水陸交通の要衝でした。
 羽柴秀吉軍と明智光秀軍が戦ったところ。
 サントリーの山崎蒸留所がある。
 サントリー・カーブとか、山崎カーブと聞いて、ピンと来る人がいるかも。

 その山崎の向こう(南西方向)にある水無瀬は、
 東大寺の荘園があったところとしても知られていて、
 以前の記事にもアップしました。→



山崎の背後にある天王山の中腹から南側を見た光景
201407068422-0111.jpg


 画面を横切る川は淀川で、左手前側で桂川、宇治川、木津川が合流しています。
 画面の右側一帯は水無瀬 [みなせ]。
 川向こうは樟葉 [くずは]、枚方 [ひらかた] の市街地が広がり、画面左奥に見えるのは生駒山。





西国街道の水無瀬橋から見た水無瀬川
201407068486-0111.jpg


 このときは本当に水が無かった。
 「スーパーはくと」、東海道本線を快走中。






201407068513-1111.jpg








水無瀬神宮 (後鳥羽天皇の水無瀬離宮跡)
201407068491-0111.jpg




水無瀬神宮








201407068628-0111.jpg




(2014年7月6日撮影)


関連記事

コメントの投稿

非公開コメント

検索フォーム
プロフィール

なむさいじょう

Author:なむさいじょう



阪神エリア在住のおっさん。
時間を見つけては奈良めぐり。

※2013年までの過去記事は本サイトへインポート後、一部を除いてリンクの更新等を行なっておりませんので見苦しい部分があります。ご了承ください。
※過去記事へのコメントも歓迎。

最新記事
最新コメント
カテゴリ
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

RSSリンクの表示
QRコード
QR