平重衡を追う(40)~ 善願寺



平成28年度 春期 京都非公開文化財特別公開が17か所であり、
そのうち平重衡ゆかりの善願寺と法界寺へ行ってまいりました。
また、法界寺のある日野のあたりは重衡ゆかりの場所がほかにもあって、
あわせて回ってきました。

今回は善願寺。


南北にも走る京都市営地下鉄・東西線の醍醐駅で下車。
旧・奈良街道沿いにあります。
重衡が処刑される前に護送された道ですね。

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創建時の所在地は不明とのことですが、
寺伝では光明皇后の発願により、行基さんが地蔵菩薩を本尊として建立。
その後、荒廃するも、比叡山の恵心僧都源信が再建。

奈良を焼き討ちした重衡の正妻・大納言典侍 [だいなごんのすけ]
(=藤原輔子 [ふじわらのほし]) が地蔵菩薩に安産を祈願して、
本堂を寄進したとも伝わります。
ただし現在の建物は、弘化3年(1846)に再建されたもの。


現在の地蔵菩薩坐像は平安時代後期の作。
腹帯を巻いている様子から「腹帯地蔵さん」と親しまれていて、安産にご利益があるとか。
この坐像について拝観の手引きには、
  「平重衡の安産を祈願して七条仏所の仏師により造立されたと伝わる」
と記されていますが、平重衡は女だったのか?とツッコミ。
「重衡の妻に子供が授かるようにと、平清盛(?)が造らせたと伝わる」か、
「重衡が生まれる際、母親(平時子)が安産でありますようにと、
 清盛(?)が造らせたと伝わる」、のどちらかでは?

輔子さんは子宝に恵まれませんでしたが、
『源平盛衰記』によれば、愛人の内裏女房(藤原成範の娘・中納言局)が
重衡の子(男子)をこっそり産んで育てた、とある。


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境内にあるカヤの大木は、小野小町が蒔いた例の99個のカヤの実の一つが
生長したものだそうです。
このカヤの幹には、お不動さんが直接彫られています。
彫ったのは、仏師・西村公朝師。



善願寺 (手前の道は旧・奈良街道)
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画面右の大木が、小野小町ゆかりのカヤの木。






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