知足院・地蔵会



    <追記> あり


毎年7月24日に、東大寺塔頭・知足院で地蔵会の法要があります。

2011年に初めて参拝し、2016年の今回は2度目です。

法要は午前8時に始まります。
東大寺一山の僧侶が出仕されるそうですが、今回23名でした。
唱えられるお経は、「九条錫杖」 と 「理趣三昧」。
「九条錫杖」 は、二月堂修二会でも耳にしますね。フシや速度が少し違いますが。
「理趣三昧」 では、導師を除いた一同が理趣経を唱えながら堂内を行道します。
これだけの人数の僧侶がお堂の中で読経するのは、見ごたえ、聞きごたえ十分です。

法要は1時間あまりで終了。
この日の朝はじっとしていれば余り暑さを感じることはなく、むしろ心地よいぐらいの気候。
読経を耳にしながらですから、何度か意識を失いかけました。

法要後、参拝者は堂内の厨子に安置されている本尊・地蔵菩薩立像の近くまで行って拝みます。
この日だけ特別に開扉されます。(法要後、1時間程度で扉が閉まるようなので遅刻厳禁です)。
截金も美しい、凛としたお地蔵さんです。
2014年、あべのハルカス美術館で開催された東大寺展に、お出ましになっていました。

このお地蔵さんには、伝説があります。

 (以下、再掲)
  平重衡による南都焼き討ちに遭った東大寺を大勧進・重源さんとともに再興するため、
  造東大寺長官となった藤原行隆は、再興事業の途中で死去。
  過労死だったようです。
  嘆き悲しんだ幼い娘は、亡くなった父親へ手紙を届けて欲しいと
  お地蔵さまに毎日お祈りしました。
  7日目の朝、お地蔵さまの手に手紙が結び付けられていました。
  その手紙は亡き父親の筆跡による返事で、娘は驚くとともに大喜びした、
  という伝説。
  このお地蔵さまが、現在、東大寺塔頭知足院におわす 「文使い地蔵」 です。




前日の7月23日、木津川市の安福寺で平重衡の命日法要に参列させていただきました。 (記事→
その翌日、重衡に過労死させられたとも言える藤原行隆ゆかりのお地蔵さんの法要に参列させていただいたワタクシ。
お地蔵さんの間近で手を合わせているとき、錫杖でひっぱたかれるのではないかと内心ヒヤヒヤでした。
大丈夫でした。

歴史に「もし」は禁句ですが、もし重衡が焼き討ちしなければ、藤原行隆は過労死しなかったでしょう。
でも、「文使い地蔵」 もなかったということになりますね。




<追記>
       藤原行隆は、二月堂修二会 (お水取り) の過去帳で、“造寺長官行隆左大弁”
       [ぞーじのちょーがん ゆきたか のさだいべん] と読み上げられていますよ。
       ちなみに、行隆から数えて3人目は後白河法皇、18人目は源頼朝が登場します。


  





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