重源ゆかりの山口 (2) ~ 関水/僧取淵



【佐波川関水】 (山口市徳地船路字屋敷)

佐波川 [さばがわ] は島根・山口県境を源として、山口市徳地を南下し、防府市街を経て瀬戸内海(周防灘)に注ぐ一級河川です。
その上流で、大原湖の近くに関水があります。



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関水にある説明板から抜粋:

    佐波川関水 [せきみず] (国指定史跡 昭和12年6月15日指定)
      周防国は文治2年(1186年)、東大寺再建の際、その造営料国にあてられ、
      俊乗房重源上人が国務管理の役に任せられて、陳和卿、番匠物部為里、桜島国宗等を従えて佐波川奥地に入り、
      建築用材を伐採して直径15センチメートルの綱で佐波川に運びこみ、流れを利用して運搬したが、
      水深が浅いので水かさを増やすために水をせきとめ、
      その一隅に幅3メートル、延長46メートルの水路を作り、川底を石畳として木を流したもので、
      これを 「関水」 という。当時、関水は118あったといわれるが、現在はこの関水ただ1つが残っている。
                                             文化庁/山口市教育委員会



大仏再鋳や大仏殿再建に協力した中国人エンジニア “陳和卿” も徳地に来たのですね。
(陳和卿は東大寺修二会の過去帳読み上げにも出てくる)


幅3メートル、延長46メートルの水路とされる場所は夏草に覆われてはっきりしていませんが、
2009年に訪問した時はまだなんとなく分かりました。


関水
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関水 (2009年訪問時)
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関水から少し下ったところ
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季節になるとホタルが飛び交うそうです。



関水から少し上ったところ
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ここからさらに上流の山奥で伐り出された大木が、この川を下っていきました。








【僧取淵】 (山口市徳地船路)


関水の少し上流にあります。

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写真で水の色が濃くなって、深くなっているところです。


伝承では、上人の弟子の蓮華坊 [れんげぼう] が筏 [いかだ] に乗って用材を運搬中、
筏が岩に衝突したため淵に沈み、亡くなったといいます。
前記事 で紹介した重源上人像の説明文にも記されています)

このためこの淵を 「僧取淵」、筏が衝突した岩を 「僧取岩」 と呼びます。
写真の左側中央にある岩が 「僧取岩」 で、その岩の上には 「僧取岩」 と書かれた標識があるのですが、
夏草に覆われて見えませんでした。

この淵の底の土砂の中には、今でも衝突したときの材木(坊主木)が埋まっているそうですよ。

このあとに訪ねた法光寺で伺った話では、以前、この僧取淵で雨乞いの儀式があり、
川に沈んだ坊主木を引く様子はまさに用材を運んでいる場面に見えたそうです。



僧取淵と僧取岩 (2009年訪問時)

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図中、関水は3番、僧取淵は2番です。

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(続く)


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