重源ゆかりの山口 (3) ~ 法光寺



【法光寺阿弥陀堂】 (山口市徳地鯖河内)



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初めて訪問したのが2009年ですから、7年ぶりの再訪です。

お堂の前で草刈りをしていたご住職。
参拝のワタクシに気付かれて、手を休めてお堂の扉を開けてくださいました。
促されて堂内に入り、久しぶりのホトケ様たちにお参り。
法光寺の歴史、徳地に来た重源さんのこと、僧取淵での雨乞い行事、東大寺僧侶来訪時のエピソードなど
ご住職から興味深く、貴重なお話をたくさん伺うことができました。

法光寺は、東大寺再建のため、1186年に徳地の杣山 [そまやま] に入った重源上人が建立した安養寺の遺構です。
安養寺は重源上人が杣出し作業の拠点とした寺で、往時は境内に7坊を有していたと言われています。
ちなみに、法光寺の近くにあるバス停はこのあたりの字名 「安養地」 となっています。

阿弥陀堂の扁額 「無量寿」 は、故・筒井寛秀師 (東大寺長老) の書。

法光寺阿弥陀堂に安置されている木造仏像 (阿弥陀如来、菩薩形、十一面観音菩薩、毘沙門天、不動明王) や、
阿弥陀堂の柱・壁板・天井板などは安養寺創建時のものとのことです。



阿弥陀如来坐像
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(観光パンフから借用)



東大寺南大門仁王像の用材は、この阿弥陀如来坐像の用材の年輪パターンとほぼ一致していることから、
徳地産のヒノキ材であることが証明されました。
(年輪パターンがほぼ一致したのは、仁王像の右ひじあたりの用材のようです)



阿弥陀堂の後方にある板壁もヒノキ材で、重源上人自筆と伝えられる梵字が記されています。

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(2009年、許可を頂いて撮影)




まだカンナが無かった時代(だったはず)なので、床板は粗削りです。

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境内には石造十三重塔があります。
伝承では、重源上人が 「天下泰平、国家鎮護」 のため、川原の石に大般若経を書写して土中に納め、
その上に十三重塔を建立したとのこと。

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阿弥陀堂の前には、上人の800回忌の記念に建てられた三角五輪塔があります。

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奈良にある重源さんのお墓の三角五輪塔を模したもので、オリジナルの2/3の大きさだそうです。

<参考> 「俊乗房重源之墓」 (奈良・三笠霊苑)
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東大寺では毎年7月5日、重源上人の御忌にあたる法要 「俊乗忌」 が俊乗堂で営まれていますが、
法光寺でも毎年同日に上人忌法要を営まれているそうです。





阿弥陀堂のあと隣接する本堂に案内され、東大寺の清水公照師や筒井寛秀師が法光寺を訪問されたときのエピソードなど
貴重なお話を伺うことができました。
公照師が来られたとき、
    「徳地の木をたくさん持って行ってしまったので、
     徳地の人たちは東大寺や重源上人のことを悪く思っているのではと心配していたが、
     実際はその逆だったことがわかり、ほっとした」
と語られたそうです。
半ば冗談と思いますが、今の東大寺の僧侶にとっても徳地には特別な思いがあるのでしょう。

本堂には、公照師の筆による掛け軸がありました。
来訪時に公照師に書いていただいたそうです。
崩した字で読めないので教えていただきました。

      行到水窮処
      坐看雲起時


だそうです。 (現物は縦書きです)


もうひとつ公照師の書がありました。

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こちらは、

      雲聳奇峯

「雲は奇峰を聳えしむ」 と読むそうです。
ふと大仏殿越しに巨峰のように聳える入道雲をイメージしました。





今回、遠方から訪ねてきた珍客(?)のためか、長い時間お話しくださいました。
ありがとうございました。
あ、草刈りの途中でしたね。作業の邪魔をしてしまい、申し訳ありませんでした。




法光寺ちかくのバス停 「安養地」

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この説明によれば、徳地は、平安時代末期から鎌倉時代初期にかけての公卿・九条兼実ゆかりの地。
兼実は、日記 『玉葉』 の著者で、平家嫌いで知られています。





図中、法光寺は12番です。

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<余談>

  九条兼実は晩年出家して、圓證 (円証) と号しました。
  高野山奥ノ院への参道にある熊谷寺墓所には、熊谷直実、平敦盛、親鸞聖人と並んで、兼実の供養塔があります。

「・・圓證兼実公・・」 (高野山)
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(続く)




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