石の宝殿




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確かに宙に浮いているように見える。



1300年ほど前の奈良時代に書かれた 『播磨国風土記』 にも登場する謎の巨石。
兵庫県高砂市にある生石 [おうしこ] 神社のご神体として祭られています。
松本清張の推理小説 『火の路』 にも出てきます。

石の周囲は人がひとり通れるくらいの隙間しかないので、超広角レンズでないと全体を写せません。

宙に浮いているように見えますが、実際は石の底辺の周囲がえぐるように彫られているのです。
その溝に水が溜まっています。

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金魚が泳いでました。







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裏側の面には三角錐のような出っ張りがある。








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裏山から見下ろす
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上面には木が生えている。







巨石の前の社殿は山の中腹にあります。
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生石 [おうしこ] 神社 。難読です。





このあたりは古墳時代から今に至るまで、約1700年も続く採石場です。

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昔は奈良にも運ばれて、石棺や平城京の礎石に使われたそうです。




詳しいことは、以下のサイトで。

  ・高砂市のHP 国史跡 「石の宝殿及び竜山石採石遺跡」
  ・日本経済新聞の記事 神を宿す未完の石造物 生石神社 「石の宝殿」
  ・シーボルトのスケッチ



石の宝殿






<余談1>

 生石神社の由緒書に興味深い記事がありました。

 〔抜粋・要約〕
    生石神社にはその昔、梵鐘があった。
    豊臣秀吉がその近くの城を攻めるにあたり、神社を陣所として貸し出すよう黒田官兵衛が要請したところ、
    神社側はこれを拒否。秀吉の怒りを買い、焼き討ちされた。
    そのとき焼け残った梵鐘は持ち去られ、のちに関ヶ原の戦いで大谷刑部吉継 (西軍) が陣鐘として使った。
    西軍は敗れ、徳川家康が戦利品としてその鐘を美濃国赤坂の安楽寺に寄付した。
    現在、岐阜県大垣市赤坂町の安楽寺にある鐘がまさにそれ。
    梵鐘には、

      応永二十六年八月十二日
      願主 小川備中入道沙弥玄助當生石神社

    と刻まれている。


 応永二十六年は1419年なので、足利義持が将軍のころです。
 直接梵鐘の刻銘を見て確かめた訳ではありませんが、数奇な運命をたどった鐘ですね。
 ちょうどNHK大河ドラマ 「真田丸」 で、関ヶ原の戦いで大谷刑部や徳川家康が出ているので
 タイムリーな話題になりました。
 ちなみに、安楽寺は聖徳太子の創建で、壬申の乱で大海人皇子(天武天皇)が戦勝祈願を住職に命じたそうです。




<余談2>

 高砂といえば、

   ♪ 高砂や~ この浦舟に帆を上げて~ ♪

 で知られていますね。 ( ん? ご存じない? 最近は結婚式などでやらないのかな?)
 まさにこの地がその高砂です。


高砂ゆかりの 「尉と姥」 のモニュメント (JR宝殿駅前)
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