鶴林寺のアイタタ観音



昨年2015年に奈良国立博物館で開催された、開館120年記念特別展 「白鳳 -花ひらく仏教美術-」
魅力的な白鳳仏がたくさんお出ましになっていて、展示期間の前期と後期それぞれに足を運びました。
展覧会でじっくり拝見するのもいいけれど、できればホームでも拝見したいもの。
そういった思いもあって、今年6月には大阪府羽曳野市にある野中寺 [やちゅうじ] を訪れ、弥勒菩薩半跏像と再会。
(弊記事 →


弥勒菩薩半跏像 (野中寺)
201606190001-1111.jpg





そして今回は、兵庫県加古川市にある鶴林寺 [かくりんじ] へ。


201609102623-0111.jpg








201609102657-0111.jpg








Aitata01-011.jpg
(図録から拝借)



白鳳仏には若々しく、あどけなさも感じられるものが多いのですが、鶴林寺の観音菩薩立像も愛らしい。
特に斜め前から拝見するときの微笑みの表情がいい。
この表情をもう一度見たかったのですよ。
和みます。

境内にある宝物館で拝見できます。


201609102627-0111.jpg



ちなみにこの観音さん、アイタタ観音とも呼ばれます。
昔、金儲けをしようと賊が盗んで火にかけて溶かそうとしたが、溶けないので怒って金槌で叩いたところ、
「アイタタ!」 と叫んで腰を曲げた。盗賊は驚いて、像を返して改心したという伝承があります。

寺伝では、
    高句麗出身の僧・恵便が物部氏ら排仏派の迫害を逃れてこの地に身を隠していたので、
    聖徳太子は恵便の教えを受けるため、この地にやって来た。
    587年、泰河勝に命じて精舎を建立し、四天王寺聖霊院と名付けられたのが鶴林寺の始まり。
だそうです。
鶴林寺は聖徳太子霊跡第27番札所で、播磨の法隆寺とも呼ばれていて、聖徳太子ゆかりの寺院とのことです。

戦国時代末期、このあたりの領主だった黒田職隆と息子の黒田官兵衛のおかげで戦火に遭わずに済み、
古くは平安時代の1112年に建てられた太子堂 (国宝) や、室町時代に建てられた本堂 (国宝) など
歴史的な諸堂が現存しています。


本堂
201609102634-0111.jpg
京都・金閣寺も同じ1397年の建立。色が薄い瓦は当初のものだそうです。







太子堂
201609102630-1111.jpg






本堂から見る太子堂
201609102629-0111.jpg







かんべえくん (書写山)
201405249996-1111.jpg



てるひめちゃん、JR加古川駅で営業中。
201609102659-0111.jpg
黒田官兵衛の妻おてるさんは加古川の人。







鶴林寺へは山陽電車・尾上の松駅で下車した場合、徒歩約15分。
201609102617-011.jpg

無人駅です。






鶴林寺







関連記事

コメントの投稿

非公開コメント

検索フォーム
プロフィール

なむさいじょう

Author:なむさいじょう



阪神エリア在住のおっさん。
時間を見つけては奈良めぐり。

※2013年までの過去記事は本サイトへインポート後、一部を除いてリンクの更新等を行なっておりませんので見苦しい部分があります。ご了承ください。
※過去記事へのコメントも歓迎。

最新記事
最新コメント
カテゴリ
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

RSSリンクの表示
QRコード
QR